ア ー ニ ャ 様 が 見 て る
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アーニャ・アールストレイム・・・若干14歳にして帝国最高の騎士の一人、ナイトオブシックスの座に着く天才少女――――そしてまたの名を『ブログの女王』という。アーニャの日々を綴ったブログは世界中からアクセスがあり、その人気はしばしばアクセス過多でサーバーダウンが起こるほどだ。
皇帝の騎士であるナイトオブラウンズは、一般のブリタニア人から見れば雲の上の存在である。ましてや、モルドレッドのような重量級ナイトメアに小柄な美少女が搭乗しているのだ・・・そのブログが注目されないはずがない。
もちろん、人気はそのルックスや立場によるものだけではない。更新頻度の高さとコメントの面白さも数多くの閲覧者から支持される理由である。ナイトオブラウンズの過酷な任務にあっても、アーニャはブログの投稿に対して手を抜かない・・・そんなわけで、今日も少女のブログはアクセスランキングで不動の一位に輝いているのであった。

「・・・実は私も昔、自分のブログを開設しようとしたんだ。何だか面白そうだろう?」

スザクの肩を押しながら、珍しく難しい顔をしてジノが耳打ちする。

「そうしたら、一日もしないうちに機密情報局にバレてさ、機密漏洩の恐れがある!なんて、あっさり削除されたんだよ。それなのに、アーニャのブログは容認されてる・・・一体何故だと思う?」
「・・・君に信用がないからだろう」
「うわあスザクひどい!」

大げさに嘆くジノを振り切ると、スザクはアーニャの前に進み出た。しかしアーニャはそれを気にした様子もなく、一心に携帯を覗き込んでいる。人好きのする笑みを浮かべると、スザクは明るく少女に話し掛けた。

「ええと、あのさ・・・いま何してるの、アーニャ」
「ケータイ」

顔も上げずにアーニャが即答した。見ればわかるだろと言わんばかりの、あからさまに小馬鹿にした口調である。おまけに邪魔をするなという無言のオーラまで発している。一瞬怯んだスザクだったが、背後から聞こえる声援に押されてどうにかその場に踏み止まった。激戦だったシベリア戦線よりも寒々しい雰囲気である。

「・・・も、もしかしてブログの更新してるのかな?」

冷たい反応にめげず、再び話し掛けるとアーニャがこくりと頷いた。しかし携帯を操作する指先は止まらない。

「どんな内容?」
「今日の出来事」

携帯の画面に目を落としたまま、アーニャがぽつりと答える。

「写真付きの記事なんだよね?」
「そう」
「あのさ・・・それってどんな写真?」

思い切って本題に切り込むと、アーニャが突然沈黙した。スザクの問いが聞こえなかったかのように、少女は携帯に集中している。スザクがもう一度尋ねようとした時、アーニャがふいに顔を上げた。特別ラウンジに緊張が走る。

「あなたとジノ」
「・・・へ?」

時間差で返ってきた答えに、スザクが間の抜けた声を上げた。固唾をのんで見守っていたナイトオブラウンズの面々が一斉に緊張を解く。

「なあんだ、おまえ達の写真かぁ。じゃ、なんでもいいわ」
「よくありません!アーニャ・・・俺とジノって何それ、どんな写真!?見せて!」

他人事と決まった途端、ノネットがいい加減なコメントを投げる。暢気に構える外野をよそに、スザクは血相を変えてアーニャに詰め寄った。普通なら同僚と一緒の写真など気にもしないが、何と言ってもアーニャのブログには問題となった『前例』が数多くある。また呼び出されて絞られてはたまったものではない。
必死なスザクを煩わしげに見遣ると、アーニャが持っていた携帯を掲げる。ナイトオブセブンを筆頭に、集まったラウンズの面々が一斉に画面を覗き込んだ。

「ちょっ・・・アーニャ、何この写真・・・っ!」

スザクの叫び声がラウンジに響く。画面一杯に表示されているのは青々とした芝生と、そこに寝転ぶスザクとジノ――――しかも、あろうことかスザクがジノを押し倒している・・・ように見えるではないか。

「な、なんだこれ!」

わなわなと震えるスザクを押しのけて、後ろから覗き込んだジノが悲鳴に似た声を上げた。この世の終わりと言わんばかりに片手で顔を覆って、よろめきながら天を仰ぐ。

「ああ、なんという事だ・・・私としたことが写真でうっかり目をつぶっているなんて・・・なんて格好悪いんだ!」
「・・・ジノ、そういう問題じゃないだろこれは」

すかさずツッコミを入れるスザクの傍らで、ラウンズの女性陣がアーニャの写真をまじまじと見つめていた。二人の掛け合いを眺めながら、ブリタニア最強と言われる女性達がそれぞれの感想を述べる。

「はあ・・・これは驚いたねぇ、おまえ達がまさかそんな仲だったとは」
「いや、恋愛は常に自由で平等であるべきだ。私は二人を祝福するぞ!」

写真を前に、ノネットが両肩をすくめる。何かを納得したように、ドロテアが力強く頷いた。最後に携帯の写真をじっと見つめていたモニカが、形の良い眉を寄せて不満げに呟く。

「意外でしたわね・・・てっきりジノの方が攻め役なんだと思っていましたのに」
「・・・それは何の話ですか、モニカさん」
「なんでもありませんわ、枢木卿。これは『乙女たち』の繊細な問題ですの」

耳聡いスザクに向かって、モニカがニッコリと微笑んだ。妙な迫力に気圧されて、スザクが思わず後ずさる。その隣で、ジノがぽんと手を叩いて脳天気に叫んだ。

「ああ、この写真・・・空中庭園で、スザクが木に掛けたハシゴから落ちた時の写真じゃないか」
「そうだよ、壊れた鳥の巣箱を直した時の事だろう?」
「あの時は私が下敷きになったから、スザクが怪我をしなくて済んだんだよな」

誇らしげにうそぶくジノに、スザクが眦を吊り上げた。

「何言ってるんだよ、そもそも君がちゃんとハシゴを押さえておいてくれないから、こんな事になったんだろう!」
「あはは、そうだっけ。ゴメンゴメン」

まるで反省した様子のないジノをひと睨みすると、スザクはアーニャに向き直る。両手を腰に当てて仁王立ちすると、スザクは少女に向かって厳しく言い放った。

「アーニャ!こんな誤解されやすい写真、ブログに載せたらダメだよ。そもそも人の写真をインターネットで公開するときは、ちゃんと本人に許可を取ってから。それがネット上のルールだよ!」

まさに正論。スザクの説教にラウンズの面々が深く頷く中、どこ吹く風といった様子でアーニャが携帯に目線を落とす。ぽちぽちと両手でボタンを押しながら、アーニャがさらりと言った。

「・・・でも、もう載せちゃったもの」
「ええっ!?そんな・・・」
「大丈夫。ちゃんとタイトルに書いておいた」

携帯を取り上げて覗き込むと、そこには女の子らしくピンクで統一されたアーニャのブログが表示されている。その最新エントリーのタイトルは――――『衝撃!ラウンズの2人は怪しい関係!?(笑)』

「ハテナマークと笑いって書いとけばいいもんじゃないって・・・!」
「まあまあスザク。こんなのただのネタ記事なんだから、そこまで必死にならなくてもいいじゃないか」

額を抑えて唸るスザクに、いつもの調子でジノがまとわりつく。これまたいつもの調子で振りほどくと、スザクは長身の同僚を見上げて語気を荒げた。

「何言ってるんだよ、ジノ・・・君だって一緒に写ってるんだよ?変な噂を流されたりしたらイヤじゃないか。君のファンの女の子達だってガッカリするだろう?」
「うーん、まあそうだけどさ」

さして気にした様子もなく、ジノが腕組みして小首を傾げる。

「私の実家はホラ、大貴族だろう?だから追っかけの女の子たちの中にも、熱心に結婚してくれって迫って来る子が多くてさ・・・最近そんな子が増えて困ってたから、丁度いいかと思って」

あはは、と愉快そうに笑うジノに背を向けて、スザクは再びアーニャに向き直った。そして、真剣すぎる表情で少女の細い肩をがっしりと掴む。

「とにかく!こんなのが知られたら大変なんだから、この記事は今すぐ削除!いいね、アーニャ」
「・・・誰に?」
「へ?」
「スザクは誰に知られたら大変?」
「・・・えっ・・・と・・・」

少女の素朴な疑問に、思わずスザクが口ごもる。その瞬間、ジャケットの内ポケットが震えて、携帯の着信ソングが特別ラウンジに鳴り響いた。


  きみは かわいい ぼくの くろねこ
  あかい リボンが よく にあうよ
  だけど ときどき つめを だして
  ぼくの こころを なやませる



可愛らしい歌詞の『くろねこのタンゴ』が軽やかに流れる中、スザクの顔がみるみる青ざめていく。その引きつった表情を遠く眺めて、不穏な笑みを浮かべる者があった。

「フヒヒ・・・おまえの大事なものは何だぁ、枢木・・・」

その二つ名にふさわしく、『ブリタニアの吸血鬼』は密かに牙を剥いて新たな生け贄に狙いを定めていた――――



09-05-18/thorn

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