ア ー ニ ャ 様 が 見 て る
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中華連邦海域に浮かぶ小さな人工の島、蓬莱島――――小さな、と言っても、それは大陸と比べてのことで、エリア11から追放された100万の日本人が暮らすのに十分な面積を保有している。その一角にそびえる要塞の最上階に、『彼』の居城が構えられていた。

部屋の中央に据えられたデスクの前に座り、『彼』は自らの思考に深く沈み込んでいた。ノートパソコンの放つ無機質な光が、その端正な顔立ちを青白く照らし出している。広々としたフロアには黒を基調とした上質な家具が並び、静寂な室内は深い森を思わせた。磨き上がられた塑像のごとく身動き一つしない『彼』と、整然とした室内――――その調和は『彼女』の登場によって突然打ち破られた。

「おい、ちょっと例のモノを見てみろ。ずいぶん面白いことになっているぞ」

戸口に現れた『彼女』は、『彼』に向かってぞんざいに声をかけると、ベッドの上に宅配ピザの箱を放り投げた。続けて履いていたブーツを脱ぎ散らかし、自身もベッドに寝転がる。白のロングブーツが床の上にへたり込んだ。

「・・・フフ、もうネットでは大騒ぎだな」

開いたままのネットブックを横目に、『彼女』はいそいそとピザの箱を開ける。とろけたチーズに目を輝かせて、早速一切れに齧り付いた。

「アクセス数もうなぎ昇りか・・・おい、聞いているのか?例のブログだぞ」

もしゃもしゃと咀嚼しながら、空いた片手ネットブックを引き寄せる。タッチパッドを軽く操作すると、画像が画面いっぱいに拡大された。『彼女』はピザを飲み込むと、粉のついた手を軽く払って、身に着けていたジャケットを脱ぎ捨てる。大胆にスリットの入ったジャケットが、ひらりと舞って床に着地した。白のタンクトップにショートパンツというラフな格好で、『彼女』は再びピザに手を伸ばす。

「おまえの『お友達』が大活躍のようだが・・・おいルルーシュ、私の話をちゃんと聞いているか?」
「・・・うるさいぞ、C.C.」

デスクの向こうから、ゼロの衣装を纏ったルルーシュが低く唸った。

「今、考え事をしている所だ。少し黙っていろ!」
「ふうん、この私を無視するとはいい度胸じゃないか。親切でわざわざ教えてやったというのに」

ルルーシュの苛立ちを気にした様子もなく、C.C.はニヤリと口元を吊り上げて笑う。ピザを頬張りながらブックマークでサイトを移動すると、C.C.は表示された一覧表を興味津々で覗き込んだ。『人気ブログランキング』・・・その最上段に燦然と輝くのはピンクを主体とした可愛らしいブログのサムネイルだ。続いてその下には黒で統一された物々しいデザインのブログが表示されている。C.C.は鼻で笑うと、ごろりと横に寝ころんで声を上げた。

「今日もナイトオブシックスには惨敗だな、ルルーシュ。そもそもブログのタイトルがよくないんじゃないのか・・・この怪しげなタイトルでは、」

言い掛けて、C.C.はふと口をつぐんだ。ノートパソコンを操作しながら、ルルーシュが携帯電話を耳に当てている。どうやら誰かに電話を掛ける所のようだった。黙って耳をそばだてていると、妙にほがらかな声が聞こえてきた。

「もしもし、スザクか?俺だ・・・ああ元気だよ、もちろん」

ルルーシュの口調はひどく明るい。彼をよく知らない者には、すこぶる機嫌が良さそうに聞こえる事だろう。しかし注意して聞けば、ハイトーンの語尾が微かに震えている。C.C.は指先についたトマトソースをぺろりと舐めた。

「・・・用がなくちゃ『友達』に電話しちゃいけないのか?」

ルルーシュはヘッドセットを取り出すと、両手を使える様に通話を切り替える。そしておもむろにノートパソコンに指を走らせ始めた。

「・・・そうだな。おまえの活躍はよく知っているよ。色々なメディアで取り上げられているもんな・・・忙しくて電話を掛けてくる暇もないようだし?・・・ああ、よくある事だよな、仕事が忙しくて忘れてしまう事なんて」

にこりと笑った顔が引きつっているのを眺めながら、C.C.はお気に入りであるチーズくんの抱き枕を引き寄せる。ふいにルルーシュの口元が皮肉げに歪んだ。

「フン、どうだか・・・ナイトオブセブン様は誰かれ構わず手を出していらっしゃるみたいだからな」

ノートパソコンのキーを叩く音が徐々に大きくなっていく。

「・・・なんだ?ネットで全世界に公開されているブログを俺が見てはいけないとでも?」

あっという間にピザの半円を平らげたC.C.が、身を起こして胡座をかいた。すると突然、ルルーシュが鋭い声を上げる。

「・・・ただの事故!?・・・フ、フフ・・・フハハハハ!」

室内に高らかな笑い声が響きわたった。すっかりゼロの地が出ているが、怒りに満ちた表情を見るに、本人は全く気がついていないだろう。呆れ顔で眺めるC.C.を気にも留めず、ルルーシュはやっと笑いを納めて凄みのきいた声で呟いた。

「ああそうか・・・おまえはいつも『ただの事故』で人を押し倒すわけか、なるほど。よくわかった」

ぐぐぐ、とデスクに置かれた手が固く握りしめられる。

「・・・そうだよな、スザク。俺とおまえは『単なるお友達』だったよな!」

どこからか必死に否定する声が聞こえてくるようだ。とうとう椅子を蹴倒して、ルルーシュが勢いよく立ち上がる。心からの怒りを込めて、冷静沈着を謳われる『黒の騎士団』の指導者はヘッドセットに向かって怒鳴りつけた。

「うるさいっ、誤解も何もあるか!こんな証拠写真まで上がってるのに・・・!このケダモノ!もう二度と顔を見せるな・・・っ!」

なにやら喚いている相手を無視して、ルルーシュは震える手で携帯の通話を切る。なにやら操作しているところを見ると、着信拒否の設定でもしているのだろう。ルルーシュはフンと鼻を鳴らすと、再びデスクに向き直ってキーボードを猛烈な勢いで叩き出す。

「ブリタニアめ・・・まったくどこまでも卑怯な奴らだ!こんな破廉恥な記事でアクセス数を稼ごうだなんて・・・!」
「まあ、おまえのブログより面白い事は確かだな。おまえの書く記事はマニアックすぎるんだよ」

ベッドからはみ出た足をぶらぶらさせながらC.C.が答えた。

「アクセスがほしいなら、おまえも『黒の騎士団』の日常の出来事でも掲載したらいいじゃないか」
「違う・・・間違っているぞ、C.C.!ブログとはそもそもネット上に幅広く主張を訴え、意見を求めるためにあるものだ!」
「ほう・・・じゃあこの間の記事はどうなんだ?一日だけブログランキングトップになった・・・『冷蔵庫の残り物で作る今日のおかず』だったか?」
「あれは、あまりにカレンの作るまかないが不味いから書いただけだっ!」

カレンが聞いたら憤慨しそうな台詞を吐いて、ルルーシュは傍らに投げ捨てた携帯を再び手に取った。どこ吹く風といった様子のC.C.を睨み付けると、ルルーシュは手早く携帯の短縮ボタンを押す。

「・・・玉城か、私だ。今すぐ『黒の騎士団』の幹部を全員集めろ。緊急に作戦会議を行う」

すっかり冷静さを取り戻したかのように、低い声でルルーシュが力強く命令する。

「ああ、そうだ。ブリタニアの要であるナイトオブラウンズを殲滅する・・・その為の作戦をたった今立案した・・・すぐに会議室に集合だ、いいな!」

宙に向かって吠えると、ルルーシュは通話を切ってゼロの仮面を手に取った。きつく結ばれた口元をマスクで覆うと、芝居がかった仕草で腕を振り上げる。

「おのれ、皇帝の犬め!倫理と正義に反する奴らをこの手で叩き潰してやる!」
「・・・ただの浮気だがな」
「うるさいっ!」

全身から負のオーラを発しながら、ルルーシュがゼロの仮面を身につけた。C.C.が見守る中、黒のマントをひるがえして、靴音高く部屋を後にする。一人残されたC.C.は、炊き枕を抱えたままベッドに仰向けに転がった。愛おしげにチーズくんを撫でながら、天井を眺めて独り言を呟く。

「人を掻き回して遊ぶ癖は相変わらず、か・・・まったく困った女だ」

軽くため息をつくと、C.C.は寝返りをうって残り少ないピザに手を伸ばした。


09-06-07/thorn

To be Continued...
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