o r d i n a r y
02 : L e l o u c h



今までずっと出来なかった事、一緒にやりたかった事、全部やろう。

頭の中であいつの言葉を繰り返しながら、俺はベンチに腰掛けてグッタリとうなだれた。俯いて地面を見つめれば、足元がゆっくりと動いているような感覚に襲われる・・・とりあえず、これは断じて『一緒にやりたかった事』ではないと、あいつにハッキリ言ってやらねばなるまい。
延々と続く不健康な思考に嫌気がさして、俺はそっと瞼を閉ざした。周囲からは軽やかな音楽が響き、親子連れやカップルの楽しそうな声がベンチの脇を次々と通り過ぎていく。本当は静かな部屋でゆっくりと過ごす方が好きなのだが、こういう『雑音』は嫌いじゃない。心地のよい喧騒にしばらく身を委ねていると、誰かが目の前に立つ気配を感じた。
「ルルーシュ、大丈夫?」
「・・・これが大丈夫そうに見えるか」
精一杯恨めしい声を作って見上げると、気にした様子もなくスザクは満面の笑みを浮かべている。上機嫌の笑顔を全力で睨み付けて、俺は目の前の男にびしりと指を突きつけた。
「おまえとはもう二度と!絶対!一緒に遊園地になんて行かないからなっ!」
「え、なんで?」
突きつけられた指を前に、スザクが不思議そうな顔で首を傾げる。まるで『ちっとも理由が思いつかない』と顔に書いてあるようだ。その態度に俺の指先はブルブルと震え出した。
「なんで、じゃないだろう!おまえときたら乗る物が全部絶叫マシンだ、少しは付き合うこっちの身にもなってみろ」
「絶叫マシン、って言っても可愛いもんじゃない。移動遊園地なんだからさ」
「可愛くないだろう、ちっとも!」
間髪入れずに叫んだ俺に、スザクが本気でビックリしたように目をぱちぱちさせる。指先で額を押さえながら、俺は深く溜息をついた。これは自分にも反省点があるのかもしれない。『遊園地って言ったら絶叫マシンだよね!』 と目を輝かせるスザクに、深く考えずに頷いてしまったからだ。あの時点できっぱり断っておくべきだった。さらに計算外だったのが、移動遊園地のアトラクションだ。ジェットコースター、パイレーツ、フライングカーペット、フリーフォール・・・元々絶叫系マシンはあまり好きではないが、『移動』というくらいだから軽い子供だましと高をくくっていた。だが移動遊園地のアトラクションは規模こそ小さいものの、内容は常設の遊園地さながらに本格的なものだったのだ。現にジェットコースターなどは、ただスピードが出るだけではなく、生意気にちゃんと一回転までする。しかし、俺が本当に恐ろしいのはそんな事ではなかった。
「あのジェットコースター、乗った時にものすごく軋んだ音がしていたよな・・・」
「えっ、そうだったかな?まあ、それは人がたくさん乗ってるからね」
「そういう問題で済むか!」
隣に腰掛けたスザクと反対に、俺は立ち上がって拳を振り上げた。
「大体おかしいと思わないのか、おまえは・・・移動遊園地という事は、つまり全てが組み立て式だという事だ。こんな不安定な地形に組み立て式のアトラクションだぞ!?有り得ない、危険すぎる!安全面のチェックは万全なんだろうな!?ちゃんと行政の許可は取れているのか!?」
「許可は取れてると思うよ。だって勝手に空き地に遊園地作ったら、さすがに怒られると思うし」
「じゃあ、あの軋むジェットコースターは何なんだ!?どう見てもチェックが甘すぎる!こんなことがあっていいのか・・・くそっ、ブリタニアめ・・・っ!」
「・・・・・・そんなに怖かったんだ、ルルーシュ」
スザクが呆れた顔をして、手に持った紙コップのジュースを差し出した。ひったくってストローに口をつけると、中身はオレンジジュースだった。さっき俺はノンシュガーのアイスコーヒーを頼んだはずなのに。そうリクエストした時、『コーヒーばかり飲んでると身体によくないよ』 とか言ってたから、自分で勝手に選んだに違いない。まったくもって人の話を聞かない奴だ。
「そんなに絶叫マシンが嫌だったら、自分も乗りたい物を言えばいいのに」
ベンチの隣に腰掛けたスザクが、自分のジュースを片手に口を尖らせた。溜息をつきつつ、俺は一応反論を試みる。
「言ったけど、おまえときたら全然聞いてなかったじゃないか」
「えっ、そんなことないじゃない。ちゃんとルルーシュの乗りたいアトラクションにも乗っただろ?」
そう言って、スザクがきょとんとした顔でこちらを見る。
「・・・まさかそれ、コーヒーカップの事を言ってるのか?」
「うん」
ストローをくわえたまま、スザクがこくんと頷いた。思わず手に力が入って、べこ、と紙コップがへこむ。めまいがぶり返すのを感じながらも、俺は出来る限り冷静に話をすべく息を吸い込んだ。
「ああそうだな・・・コーヒーカップに乗るまでは俺の希望通りだ・・・」
「『スピードが出なくて大人しいアトラクション』でしょ?ばっちりだよね!」
「ああ、コーヒーカップ自体はその条件にぴったりだ・・・けどな・・・誰があそこまでカップをグルグルまわせと言ったー!」
握り拳を奮わせる俺の隣で、スザクが不満の声を上げる。
「えーっ?だってそんなの、普通に乗ってたらつまらないだろ?」
「ちっともつまらなくない!あんな乗り方、異常だっ!」
「やだなあ、ランスロットに乗ってたらあれくらい普通だよ」
「どこが『普通』だ、このバカ!」
頼むからナイトオブラウンズの三半規管を『普通』の基準にしないでほしい。今度こそ手加減なしで怒鳴りつけると、スザクが声を上げて楽しそうに笑った。
「ルルーシュから『バカ』って言葉が出たらもう大丈夫だね」
何が大丈夫なのかさっぱり分からないが、唯一分かった事といえば、こいつはまるっきり反省していないという事だ。肩で大きく息をつくと、隣のベンチから立ち上がってスザクがこちらに片手を差し出した。爽やかな笑顔がものすごく不穏なものに見える。
「じゃ、そろそろ行こうか」
「行くってどこに」
「だからさ、次のアトラクションに、」
「俺はもう帰るっ!」
走って逃げようとした途端、スザクが俺の手首をガッチリと掴んだ。さすがナイトオブラウンズ・・・と感心している場合じゃない。これ以上、こいつに付き合うのは命に関わる。全力で睨み付けると、スザクはしんなりと眉尻を下げた。
「そんなあ・・・まだ遊び足りないんだけど・・・」
「もう十分だろう?日も暮れて来たし、そろそろ夕飯の支度をしなければ」
「・・・この間まで黒の騎士団を率いていたとは思えないセリフだよね、それ」
掴んだ手を緩めて、スザクは深く溜息をつく。
「じゃあ最後に一つだけ・・・ダメ?」
ダメだ、と口を開きかけて、俺はそのまま固まった。目の前の男が叱られた子犬みたいな目をして、こっちをじっと見詰めていたからだ。
俺は内心で舌打ちする・・・こいつの『お願い』はギアスよりもタチが悪い。頼みを聞いてやらないと、こっちが悪いことをしたような気分にさせられてしまうのだ。わかったと頷きかけて、俺はぎりぎりで踏みとどまる。ほだされて頼みを聞いた結果、結局いいように振り回されるという事は既に学習済みではないか。失敗とは次に生かしてこそ価値があるというものだ。今日こそきっぱり断ってやろう。
決意をこめて顔を上げると、スザクが大きな目を潤ませてこちらを覗き込んだ。
「どうしても君と一緒に乗りたいものがあるんだ。ね、お願い。ルルーシュ」
「・・・・・・・・・・最後の一つだぞ。気分が悪くならない、静かなものなら、な」
「うん、ありがとうっ!」
――――己の学習能力のなさに一瞬目の前が眩んだ。結局、一番バカなのは俺かもしれない。スザクは途端にパッと顔を輝かせると、再び俺の手を引いて歩き出した。
「で、どこに行くつもりだ?」
「ほらあれ、観覧車!」
指さした方を見れば、駅前から見えた大きな観覧車がそびえている。こいつにしては随分大人しい選択だと思いつつ、俺は内心胸を撫で下ろした。さすがにスザクと言えども、このアトラクションで無理が出来るはずもない。係員の誘導で観覧車に乗り込むと、小さなゴンドラはゆっくりと空に向かって昇っていく。
「わあ、これ結構高くまで上がるんだね。ペンドラゴンが一望できそうだ」
向かいに座ったスザクが子供のように窓枠にしがみついて言った。
「むこうに小さく見えるあの建物って、もしかしてブリタニア宮かなあ」
「ああ、獅子宮あたりじゃないか」
「獅子宮か・・・ナイトオブラウンズにいた頃はよくあそこで会議をしたよ」
遠く見える宮殿を眺めながら、まるで遥か昔の想い出のようにスザクが語る。
そういえばついこの間まで、こいつと殺し合いをしていたんだっけな、と考えて俺はふと可笑しくなった。あの遺跡で皇帝と母さんを消し去った後、俺とスザクは飽きるまで話し合い、やがて一つの結論に達した――――俺たちは共に、償わなければならない罪を背負っている、と。
俺は今までずっと、自分の信じた正義のために戦ってきた。この戦いがいつしか小さな幸せに繋がるのだと信じて・・・だが、争いは争いを呼び、結局は自分の大切な人でさえも死に至らしめる結果となった。失われた命は二度と戻らない。その悲しみはまた新たな憎悪となり、争いは果てなく続いていく事だろう。このままではまた、俺やスザクと同じような人間が増え続けるだけだ。どこかでこの負の連鎖を止めなければなければならない。ならば、俺たちは――――
「ねえ、何考えてるの、ルルーシュ?」
名を呼ばれて視線を戻すと、スザクが目を細めてこちらを見つめていた。
「ああ、ちょっとな」
真っ直ぐな眼差しに思わず視線を泳がせると、スザクが語調を強めた。
「ダメだよ、デートの最中に他の事考えちゃ」
「・・・デート?誰と誰のデートだ」
「僕と君とのデートだよ」
「俺とおまえ!?」
「そうだよ、当たり前じゃないか」
なんだと思ってたの、と言ってスザクがガックリと肩を落とす。
「ちゃんと最後に観覧車乗ってるでしょう」
「なんだそれは」
「デートの締めは観覧車なんだよ」
「・・・そうなのか?」
「そうだよ!」
スザクの『自分ルール』はいつもの事だ。必死な様子が可笑しくて思わず吹き出すと、スザクも肩を震わせて笑い出した。小さなゴンドラに二人の笑い声が響く。ひとしきり笑って窓の外を見れば、ゴンドラは最も高い場所に差し掛かっていた。赤い夕日に照らされて、ペンドラゴンの街並みが美しく輝いている。
この美しい世界を争いのない明日へと導くこと――――それが俺とスザクの決めた償いだった。そのための唯一の方法、『ゼロレクイエム』の実行には多くの障害が立ちふさがっている。だが、それでも俺たちはやり遂げなくてはならない・・・己を捨て、全てを犠牲にしてでも。
「・・・ほら、また違うこと考えてるでしょ」
暮れなずむ陽の光を眺めていると、スザクが向かいの席から立ち上がって、窓との間に割り込んできた。
「ねえ、今は目の前の事だけ考えてよ」
「目の前?」
「そう、今だけは」
スザクがすっと額を寄せた。くすくすと小さく笑う声が耳元をくすぐる。俺は顔が熱く火照るのを感じた。
「・・・おまえのデート計画は観覧車に乗って完了なんだろう?」
翻弄される悔しさに、仰け反って目の前の男を睨み付けると、スザクはますます笑みを深める。
「まだ終わらないけど?」
「なんだよそれ」
「・・・目を閉じたら教えてあげる」
スザクの手が伸びて頬にそっと触れた。狭いゴンドラにはこれ以上逃げ場もない。近づく影に、俺はゆっくりと瞼を閉じる。一瞬、スザクの肩越しに宮殿の風景が覗いた。すべては一週間後、あの忌まわしい謁見の間から『ゼロレクイエム』の序曲が始まるのだ。既に皇帝の名を騙って全ての皇族と有力者を集め、近隣には秘密裏にナイトメアを配備させている。郊外に潜伏しているロイドとセシルにも、新型ランスロットの開発を依頼した。
そう、俺たちに許された時間は残り少ない。だからそれまでは、今まで出来なかった事をたくさんしよう。瞼と唇に降る、柔らかな感触を感じながら俺はそっと微笑む。今だけはせめて、『普通』の日々を――――



俺たちが世界に別れを告げる、その前に。




[ 01 : S u z a k u ]





09-02-01/thorn