待ち合わせは駅前広場にあるモニュメントの前で、1時に。
口の中でそう呟きながら、僕は手元の腕時計に目をやった。点滅するデジタルの表示が13:02から13:03に変わる。顔を上げると、正面にある駅の改札口に見慣れた黒髪が見えた。改札は大勢の人で溢れているけれど、彼の姿はどんなに遠くからだってすぐにわかる。
向こうもこちらに気が付いたようで、軽く手を上げてニッコリと笑った。声はまだ届かないけれど、彼の唇が僕の名前の形に動く。自然と笑顔になって、僕はもたれていた時計塔のポールから背中を浮かせた。
「ルルーシュ、こっち!」
「スザク・・・すまん、遅れてしまったな」
人混みをぬって小走りに駆け寄ってきた彼は、息を弾ませながら申し訳なさそうに眉を寄せる。
「いや、全然遅れてないよ。約束の時間からたった3分しか過ぎてないし、」
「それでも遅刻だ。俺はいつも10分前には待ち合わせ場所に来るようにしているからな」
失態だと言わんばかりの顰めっ面に僕は思わず苦笑した。こういう妙に几帳面な所はすごく彼らしいと思う。
「それで、どうだった?向こうの方は」
「ああ、順調だ。何も問題はない、すべて俺の計画通りに進んでいる」
頬に掛かった髪を耳にかけて、ルルーシュがすっと目を細めた。
「まあ後はタイミングの問題だな・・・じゃあ行くか、スザク」
形のいい耳をぼんやり眺めていた僕は、ルルーシュの言葉に我に返る。 「え、行くってどこに?」
「どこに・・・って、今日はオマエが誘ったんだろうが!これからの『行動計画』は考えてないのか?」
「うーん、そんなの別にないけど・・・まあ適当にぶらぶらすればいいかなって」
「適当に、ぶらぶら!?」
何事もキッチリ計画を立てる彼には、僕の答えがまるでお気に召さなかったようだ。その辺りのお店を一緒に回るだけでも楽しいと思うのだけれど、どうもルルーシュには納得できないらしい。
「それじゃあ映画でも、」
「却下だ」
「えーっ、なんで」
彼の好む『具体的な施策』はあっさりと却下された。僕は思わず抗議の声を上げる。ルルーシュは腕組みすると、仏頂面で僕を睨み付けた。
「だっておまえ、映画が始まると、いつもすぐ寝てしまうじゃないか」
「・・・・・・・・・そんなことないよ」
「その間はなんだ、そんなことあるだろう!?暗くなると寝るだなんて子供じゃあるまいし・・・おまえが最後までちゃんと起きてた試しがあるか!?」
「だってルルーシュの見たい映画って眠くなる映画ばっかりだから・・・あっでも、こないだの映画は途中で居眠りしないでちゃんと起きてたよ!」
「・・・それ、『ニャンコ物語』の事か?確かに起きてたけど、隣でずーっとグズグズ泣いてただろうが・・・恥ずかしいし、気になって映画見るどころじゃなかった」
「すごく感動的な話だったじゃないか、あれで泣かないルルーシュの方がおかしいと思うけど」
「子猫の親探しだなんて、ありきたりの話だろうが・・・あれくらいで泣くか、普通?」
「泣くよ、普通!」
子猫の愛らしい仕草を思い出すだけで、なんだか鼻の奥がツンとしてくる。涙目で断言する僕を前に、眉間に皺を寄せてルルーシュが唸った。
「と、とにかく映画は却下だ!他に何かないのか、おまえが行きたいところとか、したい事とか・・・」
だから僕は最初から、『その辺を適当にぶらぶらするだけでいい』と言っているのだけれど、それは案の中に含まれていないらしい。溜息をついてジャケットのポケットに手を突っ込むと、指先に丸まった紙が触れた。
「あ、そうだ。これ!」
慌ててポケットから取り出してルルーシュに広げてみせると、彼は片眉を上げて紙に書いてある文字を読み上げる。
「・・・移動遊園地?」
「タダ券もらったの、すっかり忘れてた」
もらったチケットは2枚。どうやらすぐ近くで開催されているらしい。道理で今日はいつもより駅前の人混みがすごいと思った。
「おい、このチケットはまさか・・・」
「うん、これC.C.にもらったんだ!宅配ピザの人がオマケしてくれたんだって。『おまえら二人でイチャイチャしてこい』、ってさ」
「い、イチャイチャ・・・って、あのなあスザク、」
「よし。それじゃ、行くよルルーシュ!」
その口から『却下』の二文字が出てこないうちに、僕はルルーシュの手を取った。駅前広場に植えられた緑の向こう、遠くに小さく見えるのは移動遊園地の観覧車のようだ。有無を言わさずに引っ張っていこうとすると、ルルーシュが必死の形相で僕を押しとどめた。
「いや待てスザク!やっぱり男二人で遊園地っていうのはちょっと・・・」
「なんだよ、ぶらぶらするのが嫌で、でもどこかに行きたいんだったら、もうそこでいいじゃないか!」
・・・と言ってやろうかと思ったけれど、これまでの経験から言って、つまらないケンカになりそうな気がする。そこで僕は最後の手段に訴える事にした。
「えっ・・・ダメ、かな・・・?僕、今まで一度も『遊園地』に遊びに行った事がないんだけど・・・」
大げさに肩を落として上目遣いに彼の顔を窺うと、ルルーシュが慌てた様子で目を逸らす。
「うっ・・・まあ・・・行った事がないならそれは・・・」
仕方ないな、とボソボソ呟く声が耳に届く。僕は内心でニンマリした・・・ルルーシュはこういう『お願い』にとても弱いのだ。本当はユーフェミア様のお供で貸し切りの移動遊園地に行った事があるんだけど、あれは『仕事』だから『遊びに行った』うちに入らない――――という事にしておこう。
「じゃあ決まりだね。早く行こうよ、ルルーシュ!」
「・・・だから何で手を繋ぐんだ」
「こんなに人が多いんだから、はぐれたら困るだろ?」
「バカかおまえは。子供じゃないんだから、そんなもの・・・」
つらつらと続く文句を聞きながら、僕は顔がにやけるのを止められなかった。ルルーシュはブツブツ言いながらも、手を振りほどかずに大人しく隣を歩いている。人混みはすごいし、ぴったり並んで歩いているから、きっと手を繋いで歩いてもあんまり目立たないはずだ・・・ほんのり頬を染めたルルーシュの可愛らしさに周囲の人間が気が付かなければの話だけれど。男にしては細くてしなやかな手を引きながら、僕は彼の顔を覗き込んだ。
「ねえルルーシュ。遊園地、すっごく楽しみだね!」
「・・・おまえは昔から俺の話を聞いてないよな・・・」
少し冷たい彼の手をぎゅっと握りしめると、負けないとでもいうように強く握り返してくる。じんわりと指先に広がる温かさを、僕はいつまでも忘れないと思った。
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