最 後 の エ ー ル
( 前 編 )



――――浮遊航空艦アヴァロン、兵員室。

白々しく部屋を照らす蛍光灯を見上げて、ミレイは何度目になるか解らない溜め息を無理矢理飲み込んだ。一体、この部屋にどれぐらいこうしているのだろう。窓もなく、密閉された空間は息苦しく、焦りと憂鬱がじわじわと心を占めていく。防音が施されているらしく、外部の音は一切聞こえてこない。ただ低く唸るような稼働音だけが、絶え間なく鼓膜を震わせている。
「会長、少し横になって休んでください」
簡易ベッドに腰掛けていたリヴァルが心配そうに言った。ミレイは不安の影を振り払うと、明るい表情で顔を上げる。
「私は大丈夫よ。あんたこそ少し休みなさい、何かあったらちゃんと起こすから」
「いえ、俺は・・・」
口ごもるリヴァルの向かいで、ベッドに横たわっていたシャーリーが小さく身を起こした。
「あの・・・すみません、私・・・」
「いいのよ、シャーリー。そんな青い顔して、ちゃんと寝てなきゃダ〜メ!」
「でも、なんで私たちだけ別の部屋に・・・それに、ナナちゃんやみんなは・・・」
シャーリーの大きな瞳にじわりと涙がにじむ。ミレイは安心させるようにその背中を優しくさすった。
「大丈夫よ、シャーリー。みんなと違う部屋なのは、きっと私たちが生徒会メンバーだからじゃないかしら?ちょっと特別扱いしてもらえてるのよ。医務室で眠っているニーナの事もあるしね・・・まあ仮とはいえロイド伯爵は私の婚約者なんだし、ニーナの事もよくご存じだから、任せても大丈夫だと思うわ。それに、うちの生徒達なら心配ないわよ!普段からこの私の企画する苛酷なイベントでみっちり鍛えられてるんですもの、み〜んな無事に決まってるじゃない。このミレイさんが言うんだから間違いないっ!」
いつもどおりの、自信に満ちた笑顔でミレイは力強く断言する。
「いなくなったナナリーの事はルルーシュが探し出して、安全な所で一緒にいると思うの。本国の救援部隊も続々到着してるっていうから、すぐに騒ぎも収まるわ」
「それに、こっちにはスザクがいるんだしさ!黒の騎士団なんて、あっという間に蹴散らしてくれるよ!」
ミレイの言葉にいつもの勢いを取り戻して、リヴァルが身を乗り出した。シャーリーは小さく首を振って目を伏せる。
「でも、黒の騎士団にはカレンがいるんでしょう?」
「あ・・・」
「カレン、ずっと私たちのことを騙していたのかな」
リヴァルが言葉につまって下を向いた。二人の沈んだ顔を前に、ミレイはそっと眉を寄せる。友達を疑うことは、とても苦しくて悲しい事だ。その疑いの念は相手を傷つけるだけでなく、今まで信じていた分だけ自分の心も傷つけてしまう。震えるシャーリーの肩を抱いて、ミレイは静かに口を開いた。
「あの子の事、みんなには今まで黙っていたけど・・・本当はね、カレンはブリタニアとイレブンのハーフなの」
「ええっ、カレンが!?」
「だって、名門貴族のお嬢様じゃ・・・」
「そう。だからこそ、ゲットーで暮らすイレブンと自分とのギャップに、ずっと悩んでいたのかもしれないわ・・・たった一人で」
遠くを見るような横顔を、何か言いたげにリヴァルが見つめる。その視線に気がついて、ミレイは肩をすくめて笑ってみせた。
「は〜あ、数少ない役員の動向もつかめてないなんて、まったく生徒会長失格ってやつよねぇ」
「そんなことないですよ!会長こそ、いつも一人でそんな風に・・・!」
思わず立ち上がったリヴァルの背後で、固く閉ざされていた部屋の扉がスライドした。振り返った三人は、そこに立たずむ人物に目を見張る。
「スザクくん!?」
「スザクっ!」
枢木スザクはひどく疲れた面持ちで戸口に立ち尽くしていた。駆け寄ったリヴァルがパイロットスーツの肩を叩くと、我に返ったように目をしばたかせる。
「ごめんね、みんな。でも、もう大丈夫・・・全部終わったから」
「終わったって・・・」
「エリア11の反乱は軍に鎮圧されたよ。黒の騎士団は抵抗を続けているけど、後は時間の問題だと思う」
「そう・・・とにかく無事でよかったわ、スザク」
小さく頷いて、スザクがぎこちない笑顔を浮かべた。身にまとう焦げたような匂い・・・硝煙の香りだろうか。口元に浮かぶ笑みとは裏腹に、鋭く殺気立った瞳がミレイを落ち着かない気持ちにさせる。しかし、それも無理のないことなのだろう。保護されていた自分たちと違って、彼は今までずっと過酷な戦場を駆け回っていたのだ。エリア11の出身であり、争いごとを嫌うスザクには辛く苦しい戦いだったに違いない。ましてや、この争いのきっかけは自らが騎士として仕える皇女・ユーフェミアの乱心によるものなのだ。あの穏やかで優しげな皇女に、一体何があったというのだろうか。密かに顔を曇らせたミレイに、スザクが軍人らしい口調で状況の説明を始めた。
「アヴァロンに収容した学園の生徒たちは全員無事ですから、どうぞご安心下さい。体調を崩した生徒にも、現在軍医が対応しています。今はまだ多少状況が混乱していますから、落ち着き次第、生徒達のご家族に連絡を取って迎えに来ていただく予定です。ですから、指示があるまでは部屋から出ずに、大人しく待機していてください」
「迎えに、って・・・俺の親ってブリタニアにいるんだけど」
「ここはもうブリタニアなんだよ、リヴァル。このアヴァロンはペンドラゴンの軍基地に着港してる・・・だからもう危険はないんだ」
思わずぼやいたリヴァルに、スザクが目を細めて答える。戦局がほぼ決したからなのか、アヴァロンは戦場を離れ、早急にブリタニアへと帰還したようだった。
「じゃあ・・・僕はまだやらなくちゃいけない事があるから、行くね。それから、」
耳にかけたインカムを手で直すと、スザクは三人の顔を順々に見つめて姿勢を正した。
「アッシュフォード学園が黒の騎士団に占領されていたとき、君たちが命懸けでランスロットを解放してくれただろう?あの時は本当にどうもありがとう。おかげで命を救われたよ」
深々と頭を下げるスザクに、リヴァルが焦ったように両手を振る。
「おーい、よせって!友達だったら当然だろ?まあ、実際にお手柄だったのはアーサーだけどな」
「あっさり捕まっちゃったしね、私たち。却ってピンチを招いちゃったというか」
「いや、あの時みんなが隙を作ってくれたおかげだよ。本当に感謝してるんだ」
それで、と言ってスザクがふと視線を泳がせた。
「この話を上官に報告したら、それが皇帝陛下のお耳に伝わってね。いたく感激されたみたいで、みんなに陛下への謁見が許されることになったんだ」
「陛下って、あのシャルル皇帝陛下に!?」
「マジかよ!貴族連中だって滅多にお目にかかれないって聞いたぞ」
「・・・多分、今日中に迎えが来るんじゃないかな」
「えっ、今日!?じゃあこのまま陛下にお目にかかるってこと!?」
「ずいぶんと急な話なのね」
「そう、だね」
沸き立つ話題だというのに、何故かスザクの歯切れは悪い。その様子に、ミレイは内心で首を傾げた。なんだか妙な胸騒ぎがする。
「じゃあ、僕はもう行かなくちゃ」
「え・・・ちょっと待って、スザクくん!」
逃げるように立ち去ろうとするスザクを、シャーリーが慌てて呼び止めた。
「そんなことより大変なの!ナナちゃんとルルーシュが見当たらなくて・・・」
「そうなんだよ!あいつら、この艦に乗り込んでないみたいだし、電話もメールも全然通じないんだ」
ポケットから携帯を取り出して、ディスプレイを確認しながらリヴァルが唸る。シャーリーが胸の前で両手を強く握りしめた。
「もしかして、まだエリア11に取り残されてたらどうしよう」
「二人の事、放っておけるかよ!なあスザク、なんとかルルーシュの事、」
「・・・ルルーシュ?」

狭い兵員室に、嫌悪と憎しみに満ちた暗い声音が響いた。


09-01-13/thorn


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