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最 後 の エ ー ル
( 後 編 )
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「・・・ルルーシュ?」
リヴァルの言葉を遮って、スザクが低く親友の名を繰り返した。尋常でないその響きに、ミレイは自分の耳を疑う――――それは今まで彼の口から聞いた事もない、嫌悪と憎しみに満ちた暗い響きだった。
「・・・ルルーシュが、どうしたって?」
「あ・・・」
瞳に浮かんだ冷酷な光に、シャーリーが怯えた様子で表情を強張らせる。リヴァルは口を開けて固まったままだ。ミレイは殺気立つスザクの顔を見据え、ゆっくりと呼び掛ける。
「スザク、あなた一体どうしたの?」
はっきりと名を呼ばれて、スザクがひくりと肩を震わせた。波が引くように目から怒りの色が消え、やがてぼんやりと虚ろな笑みが宿る。
「ごめん、ボーッとしてて・・・大丈夫、彼は無事だよ。僕がランスロットで見つけたんだ。ナナリーも軍で保護しているから、みんなは何も心配することないよ」
僕に任せて、と言ってスザクは三人に笑いかけた。その笑顔が今にも泣き出しそうに見えて、ミレイは思わず形の良い眉を寄せる。スザクは三人から顔を背けると、じゃあ、と短い挨拶を残して扉の向こうへと姿を消した。
「・・・ホント、どうしちゃったんだよ、あいつ」
静まり返った部屋で、リヴァルがぽつりと呟いた。気を取り直すと、ミレイは困惑顔の二人に向かって明るい声音で話し掛ける。
「まあね、これだけの騒ぎなんだから、さすがにスザクも疲れてるのよ・・・ああ、でも良かったわ〜!ルルーシュもナナリーも無事だって言うし」
沈んだ空気を吹き飛ばすような言葉に、リヴァルとシャーリーが顔を見合わせて表情を和らげる。二人の様子に目を細めると、ミレイは突然思い出したかのようにぱちんと両手を合わせた。
「いやだ、忘れてた!私、スザクにロイド伯爵への伝言を頼もうと思ってたんだわ・・・二人共、ちょっと待ってて」
「えっ、会長?!さっき出歩いたらダメだって・・・」
リヴァルの制止を聞かず、ミレイは廊下に飛び出した。角を曲がる後ろ姿を目の端に留めて、その影を追いかける。
「スザク・・・待って、スザク!」
T字路を右に曲がった先、スザクが歩みを止めてゆっくりと振り返った。淀んだ瞳の色からは何の感情も読み取れない。
「どうしたんですか、会長。部屋から出ないでほしいと、さっきお願いしたばかりのはずですが」
丁寧な口調とは裏腹に、冷たい視線がミレイを刺し貫く。それでも目を逸らさずに、弾んだ息を整えてミレイは静かに問い掛けた。
「ねえスザク、ひとつ聞かせて。あなたはあの時、あのランスロットとか言うナイトメアでゼロを追って行ったのよね?・・・私ね、その時ロイド伯爵がこう言っているのを聞いたの。『ランスロットは神根島方面に向かった、帰ってくるエネルギーはないだろうから迎えにいかなくちゃ』って・・・それじゃあエリア11に戻ってきて、ルルーシュとナナリーを探す余裕なんてなかったんじゃない?あなた、一体どこでルルーシュを見つけたの?」
スザクはミレイを見つめたまま、じっと押し黙っている。萎えそうになる心を奮い立たせて、ミレイは喉の奥から声を絞り出した。
「あなたはゼロを追って、ルルーシュを見つけた・・・もしかして・・・もしかしてゼロは、ルルーシュだったんじゃないの?」
「そうだとしたら、どうするんですか」
動揺した様子もなく、スザクがさらりと答える。ミレイが目を見開いた。
「もし彼がゼロだったとしたら、一体どうするんですか、会長」
それはまるで生徒会室で交わす冗談のような口調だった。しかし、底冷えのするような深翠の眼差しがミレイの言葉を肯定している。覚悟していたにも関わらず、最悪の真実にミレイの脚が細かく震え出した。
「・・・ルルーシュが・・・まさか・・・じゃあ、ルルーシュは・・・」
「『ゼロ』は、死にました」
ミレイの呟きに、淡々とした口調でスザクが告げた。
「彼は許されない罪を犯した。だから僕が『殺した』んです」
「でも、さっきあなた、ルルーシュは無事だって・・・」
震えるミレイを前に、最初から決められたセリフを読み上げるかのように、無表情でスザクが言った。
「『あいつ』はいらない存在なんです」
「スザク・・・?」
「この世界にとって、『今までの彼』はいらない存在なんです。だから『消えて』もらいました」
「ちょっと待って、何を言ってるのよ、あなた!?」
ミレイの背を冷たい汗が伝う。このままでは何か、とても大切な物が失われてしまう――――そんな予感がして、ミレイは必死に声を張り上げた。
「いらない存在って何なのよ・・・そんなわけないじゃない!世界だか何だか知らないけど、私はルルーシュが必要だわ!他のみんなだってそう・・・だからそんな事言わないで!」
「・・・あなたは『彼』のことを、何も知らないから」
疲労が入り交じった溜息と共に、スザクが低く吐き出す。ミレイは小さくかぶりを振って、もう一度スザクに正面から向き合った。
「確かにそうね。『ゼロ』の事・・・私が知ってるのはニュースや新聞で流れてる事ぐらいだわ。だけど、『ルルーシュ』の事だったら、ちゃんと知ってる・・・あいつはアッシュフォード学園の副会長で、中学からずーっとうちのクラブハウスに住んでて、皮肉ばっかり言ってるけど本当は優しくて、おまけに呆れるほどの妹バカだって・・・そういうのも全部含めて『今までのルルーシュ』でしょう!?だから『いらない存在』だなんて、そんな悲しい事、言わないでほしい」
ミレイの懸命の訴えに、スザクの顔が不意に歪んだ。吊り上がった口元から掠れた笑い声が漏れて、廊下の空気を震わせる。
「ミレイさんは『彼』のこと、まだ信じているんですね」
ルルーシュの名前を決して口にせず、スザクが羨むような眼差しをミレイに向けた。
「僕も信じていたんです、ずっと・・・でも全部裏切られた。みんな嘘だった。そうしたら僕は、一体どうすればいいんですか。『今までの彼』の、一体何を信じたらいいんですか」
深翠の瞳に底知れぬ悲しみと、やりきれない怒りが滲む。苦しげなスザクに答えられず、ミレイはそっと目を伏せる。
スザクは争いを嫌い、テロを煽動するゼロを憎んでいた。同胞から裏切り者と呼ばれても、争いのない世界こそが皆の幸せに繋がるのだと説き続けて、紛争を止めるために戦ってきた。独立を願う母国の人間と戦う事・・・それがスザクにとってどれだけ苦しい事だったか、ミレイには想像もつかない。しかし、スザクはかつてこう語ったことがある・・・自分はルルーシュを護りたいのだ、と。ミレイ同様、スザクも兄妹がブリタニアの皇族であった事を知っている。母国に捨てられ、身体の不自由な妹をたった一人で必死に守ってきたルルーシュを知っている。ナナリーの事はルルーシュが護る、だからルルーシュの事は自分が護りたいのだとスザクは言った。この土地を第二の母国として安心して暮らせるように・・・そのためならば自分は何でもするのだと、そう言ってスザクは笑っていた。
だが、そのルルーシュこそがゼロの正体であったとは――――スザクの絶望を思って、ミレイは言葉を失う。沈黙の続く廊下で、壁の向こうから微かにサイレンの音が響いた。スザクは再び感情の色を失い、ミレイに向かって深々と頭を下げる。向けられた背中に、ミレイはもう一度大声で呼び掛けた。
「・・・ねえ、もう一度思い出して!あなたの知ってるルルーシュのこと、」
今のスザクを宥める言葉などありはしない。そんなことは分かっていたが、それでもミレイは声を掛けずにはいられなかった。
「みんなで色んなイベントやったじゃない!?男女逆転祭りとか、猫祭りとか、クラブ対抗宝探しとか・・・そうよ、世界一のピザ作りだって!あの時は後片付けの方が大変で、学校中すっごく大変だった・・・ほら、覚えてるでしょ!?」
上手く言葉にすることは出来ないけれど、少しでも届けばいい・・・そう願いつつ、ミレイはスザクの背中に向かって訴えた。軍基地の廊下に似合わない、明るく元気な声がこだまする。
「バカな事ばっかりやってたけど、みんなで一緒に大笑いしたよね!?あれはきっと嘘なんかじゃない・・・ねえ、そうでしょ!?」
ミレイは自分が無力であることをよく知っていた。軍で働きながら、一生懸命学校に通っていたスザク。泣き言を言わず、妹を守ってきたルルーシュ。不自由な身体でも、優しさを忘れないナナリー。黒の騎士団であったカレンや、父親を亡くしたシャーリー、コンプレックスを抱えたニーナ、家出同然で学園に転がり込んだリヴァル・・・皆がそれぞれに複雑な事情を抱えている。言葉で慰めることなど出来はしない。だからいつも明るく笑顔で、みんなを元気付けること――――ミレイにとってはそれだけが、大好きな友人たちに向けての、精一杯の応援だった。
「思い出して、スザク。私たちみんな生徒会の仲間なのよ!?ルルーシュも、ナナリーも、カレンも・・・もちろん、あなたも!だから、きっと、」
廊下の突き当たり、区画ブロックを仕切る扉の前でスザクは一瞬立ち止まった。そして、次の瞬間には厚い扉の向こうに消える。だから、と繰り返してミレイは一人俯いた。寒々しい廊下で、自分の無力さに打ち震える。
スザクに自分の声は届いたのだろうか。ルルーシュもナナリーも、そしてカレンも無事に学園へ戻ってくるのだろうか。ミレイは手を強く握り締めて、きつく目を閉じた。ぽたり、と革靴の上に一粒の水滴が落ちる。
「・・・あのう・・・会長、大丈夫ですか?」
どれくらい廊下に立ち尽くしていたのだろう。ミレイの背後から、そろそろと心配そうな声が響いた。いつも元気なシャーリーらしくない、ひどく弱々しい声だった。
「会長、スザクと何かあったんですか!?」
リヴァルも似つかわしくない深刻な様子でこちらを伺っている。ミレイは軽く鼻をすすって上を向いた。そして大きく息を吸い込むと、くるりと後ろを振り返る。
「うん!大丈夫よ〜、なんでもないから!スザクにキッチリ言っておいたわけよ、さっさと騒ぎを終わらせて学校が復興できるように頑張れって、ね」
生徒会長じきじきの絶対命令なんだから、と言って、ミレイは腰に手を当てて大げさにウインクした。いつも通りのミレイに、リヴァルとシャーリーがほっとしたように肩の力を抜く。ふわりと微笑むと、ミレイはスザクの消えた扉を見遣って独り言のように呟いた。
「大丈夫よ・・・だって、みんなで一緒に過ごした楽しい思い出は絶対に消えないもの・・・だから大丈夫」
「え?会長、なんです?」
「なんでもないわ〜!さ、部屋に戻って、身だしなみのチェックをしなくっちゃね。なんたって皇帝陛下に謁見するんだから」
「うわー俺、今からすっごい手が震えてきちゃった」
思い出したかのようにリヴァルが髪を整える。慌てた仕草にシャーリーが隣で噴き出した。
「やだもうリヴァルったら、今から緊張しすぎ!」
殺風景な軍艦の廊下に三人の軽やかな笑い声が響く。ミレイは小さく頷くと、後輩達の肩を抱いて元来た廊下をゆっくりと歩き始めた。
いずれ皆で一緒に笑い合える、再びそんな日が来る事を信じて――――
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09-01-18/thorn
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