あ し た 吹 く 風




すがすがしく晴れ上がった青空に薄い雲が浮かんでいる。
のどかな田園風景に延々と続くあぜ道を、荷車を引いた馬がガタゴトと音を立ててゆっくりと進んでいく。

「ギアスという名の王の力は人を孤独にする」

荷台に積まれた干草に寝転び、少女が高い空を見上げてぽつりと呟いた。
透き通るような緑の髪が秋の気配をはらんだ風にふわりと揺れる。
気持ちよさそうに目を細めて、少女が続けた。

「フフ、少しだけ違っていたか・・・なあ、ルルーシュ」

からかうような響きを帯びたその言葉に、御者台から低く不機嫌な声が返る。

「・・・不用意にその名を口にするな」
「ほほう・・・恩人に向かって、ずいぶんな口の利きようじゃないか、ぼうや」

荷台の上で悠々と空を仰いでいた少女は、わざとらしく驚いたような表情を作るとごろりと寝返りをうった。底意地の悪い笑みを浮かべると、もそもそと干草をかきわけて下の御者台を覗き込む。

「冷たい墓の中から非力なお前を掘り出してやったのは、どこの誰だと思ってるんだ?」
「・・・俺は助けてくれなどと頼んだ覚えはない!」

俯いて手綱を引いていた男が、粗末な帽子のふちを上げて振り返った。
素朴な麦藁帽から、日よけのタオルに似合わない艶やかな黒髪がこぼれ落ちる。
破れた帽子の隙間から、鮮やかに輝く菫色の瞳が瞬いた。
燃え盛る怒りをまるで意に留めず、少女はつまらなそうに傍らの干草をつまむ。

「ルルーシュ、おまえには失望したよ。一度死んだらその癇癪も治まるかと思ったんだが」
「聞いていないぞ、C.C.!俺がコードを継承しているなど・・・!」

ぎりぎりと歯噛みしつつ、ルルーシュが頭上に向かって思い切り怒鳴りつけた。

「遺跡でシャルルが消える間際、おまえに手を伸ばしたろう?そこで継承したのさ。おまえはコード保持者を殺したのだから」

C.C.は相変わらず飄々とした態度を崩さず、荷台の上で頬杖をつく。

「これもあいつにとって、最後の親心というものなんだろうよ」
「何が親心だ!嫌がらせ以外の何物でもない!」

ふいの大声に荷を引く馬が驚いていななく。ルルーシュはわなわなと全身を震わせると、日に焼けない白い手で手綱を握りなおした。

「まあ、中途半端に継承したおかげで蘇生に時間はかかったがな・・・こちらにとっては却って都合がよかった」
「ちっとも良くない」

独白のように呟くC.C.に、ルルーシュが苦々しく吐き捨てる。

「死んで償うつもりが、スザクとナナリーに全てを押し付けて、のうのうと生き延びているなんて・・・とても耐えられない。しかし、もう表立って動くわけには・・・」
「ああ、それなら問題ない。首尾は上々だ」
「何が問題ないと言うんだ、俺がどんな覚悟であの場に臨んだと思っている!?」
「まあな、ここ一帯はジェレミアが保有している農地だからな。外部の人間はほとんど入ってこないし、用があって近づく者にはあらかじめギアスをかけさせてもらった・・・心配ないさ」
「おい・・・」
「そうだ、ここに宅配を呼ぶわけにはいかないからな・・・不便なものさ。ピザの材料から作る羽目になるとはな、」
「C.C.?」

全くかみ合わない会話に、ルルーシュが不審そうに荷台を仰いだ。
C.C.はお気に入りの奇妙なぬいぐるみを抱いて座り込むと、斜め向こうの空に向かって何者かに話しかけている。

「とにかく、そっちが落ち着いたらおまえも来い。まったく、こいつは労働力として欠片も役に立たん。理屈ばかりこねて、すぐに座り込むし・・・」
「おい、C.C.!」

ルルーシュが苛立たしげに声を荒げた。
C.C.が御者台へと視線を戻して、うるさそうに眉を顰める。

「なんだ、私に何か用か」
「・・・おまえは一体誰と話している?」

手綱を強く引いて馬を止めると、ルルーシュは緑の魔女を鋭く睨み付けた。
力を秘めた二つの瞳が、高ぶる感情と共に血の色に変わる。

「V.V.もあの男も、そして母さんもいない今、おまえは誰と話す必要がある?まさか、またCの世界で何か・・・」
「まったく面倒な男だな、私とスザクの話を邪魔するな」
「・・・・・・スザク?」

予期せぬ名前を耳にして固まるルルーシュを、つまらなそうな顔でC.C.が見下ろす。

「ああそうだ、枢木スザクだよ」
「な、なぜスザクと・・・」
「あいつもコードの保持者だからだ」
「・・・・・・はあ!?」

戯れに投げ付けられた干草の束を避けもせず、ルルーシュがぽかんと口を開けた。夜を思わせる黒髪にぱらぱらと乾いた草が舞う。

「あいつも幼い頃、自分の知らぬうちにコードを引き継いだらしい・・・まあおまえと同様、完全ではないようだがな。遺跡での一件で覚醒したそうだ」

誰から引き継いだものなのかは分からないが、と言ってC.C.は肩をすくめる。

「そんな・・・スザクが・・・」
「おまえ、まさか『普通の人間』が走って銃弾を避けられると思ってたのか?」

呆然と呟くルルーシュに、心底呆れた様子でC.C.が再び荷台に転がった。

「そんなわけで、あいつと私はCの世界に介入以来の『オトモダチ』、というわけだ」
「・・・じゃあスザクも、俺がコード保持者だと知って・・・」

みるみる青ざめていくルルーシュを見て、緑の魔女はニヤリと口元に笑みを浮かべる。

「知っているさ。おまえのギアスマークがどこにあるか知っているか?・・・首の真後ろだよ。おまえは気がつかなかったようだがな」
「そんな・・・なぜ・・・」
「あいつにとって、おまえはやはり唯一の『親友』というものなんだろう。でなければあんな作戦、首を縦に振るわけがない」

絶句するルルーシュを見てC.C.は底意地悪く笑うと、緩く編んだ毛先を指ではじいた。

「ナナリーにはいずれ時が来たら話すとしよう、我らの業というものを」
「・・・C.C.」
「ルルーシュ、おまえはたくさんの罪を犯した・・・一生かけても償いきれぬ罪を・・・だから、おまえ一人で楽に死ねると思うなよ」

厳しい言葉とは裏腹に、C.C.の金色に光る瞳がほのかに潤んだ。
二人の間を心地のよい秋風が吹き抜ける。
田畑に植えられた麦穂がさわさわと音を立てて揺れた。
ルルーシュはそっと目を閉じて、自然のまま、ただ風に身を任せる。
――――生きているからこそ感じる事が出来る、こんな小さな幸せ。拭えない罪。終わらない償い。
きっとこれからも人は幾度も間違えて、平和を忘れ、争いの道を選ぶのだろう。
いつかまたその日が来たら、俺は・・・再び・・・。

「・・・がー、・・きみー・・・」

爽やかな風に乗って、彼方から呼び声が聞こえてくる。
ぱちりと目を開けたルルーシュは、C.C.と顔を見合わせて声のする方角を見つめた。

「わーがーきーみー!」

遠く丘の向こうから、長身の男が小柄な少女を背負い、猛烈な勢いで走ってくる。

「わーがーきーみー!!」

土煙が近づくにつれてボリュームの上がる声に、ルルーシュは思わず顔を引きつらせた。

「・・・何なんだ、あの恥ずかしい呼び方は!」
「おまえがアレに名を呼ぶなと言い含めたからだろう?」
「そうだがしかし、あの呼び方・・・」
「わーがーきーみー!!!」

荷車の前で急停車すると、男は少女を背負ったまま息も切らさず、恭しく片膝をついた。大柄な体につなぎの作業服がよく似合っている。

「お迎えにあがりました、我が君」
「・・・ジェレミア。何なんだ、その呼び方は・・・」
「はい、御名をそのまま呼ぶのは憚られるとの事。それでこの呼び方を思いついた次第です、我が君」
「・・・もうちょっと他に普通の呼び方はないのか」
「普通?・・・そうですね、他には『麗しの君』『光の御子』『漆黒の至宝』なども考えたのですが・・・」
「ねえルルーシュ、私おなかすいた」

朗々と語り続けるジェレミアの肩からひょいと飛び降りて、アーニャが荷台に駆け上がった。髪に結んだ大きなリボンがふわふわと揺れる。
アーニャはルルーシュの隣に座ると、上目遣いでルルーシュの腕を引いた。

「ねえルルーシュ。早く帰って何か作って」
「こら、アーニャ。不敬であるぞ!」
「私も腹が減った。ピザが食いたい。ピザを作れ。今すぐだ」

荷台の干草をぶちぶちとむしってC.C.が空腹を訴える。ばらばらと大量の草がルルーシュの頭上から降ってきた。

「おいやめろ、上から草を落とすな!仕方ない、作ってやるから!」
「本当か」
「ああ、材料はあるんだろうな」
「もちろんです、我が君。オレンジとか、オレンジとか、オレンジとか・・・」
「・・・それじゃデザートピザしか出来ないだろう」
「デザート食べたい」

アーニャがルルーシュの腕をくいくいと引く。
深く溜め息をついて、ルルーシュはアーニャの頭を優しく撫でた。

「デザートはちゃんと主食を食べてからだ、いいな?」

こくんと頷いて、アーニャは満足げにルルーシュの腕に手を絡める。

「じゃあ早く帰ろ」
「おいC.C.、後でスザクと話す方法を教えろよ」
「ああ。おまえの手作りピザ10枚で手を打ってやる」
「・・・この魔女が!どれだけ食うつもりだ!」

小さく舌打ちして、ルルーシュは手に持った手綱でぴしりと馬を叩いた。
しかし、いつも馬を引くときの慣れた手ごたえとは違う。
ふと前方に視線を戻すと、馬の代わりにジェレミアが荷車に手を掛けていた。

「ジェ・・・ジェレミア・・・おまえ一体何を・・・」
「馬などより、私めの方が早ようございます。それでは、いざ!」

ごとん、と音を立てて荷馬車が動き出した。

「えっ・・・ちょっ・・・」
「ふぬぬぬぬぬぬ!!!!」

普段は穏やかに回る木製の車輪が、ガタンゴトンと荒々しい音を立て始める。
激しい揺れと共に加速度を増す荷馬車に、手綱を握り締めたままルルーシュが狼狽した声をあげた。

「おいっ、ジェレミア・・・っ!」
「すごい。はやいねジェレミア」
「ちょっと待てっ、酔うから!こんなっ・・・おい・・・っ!」

荷車は主の声を無視して、土煙を上げつつ丘の向こうにある小さな屋敷に突進していく。御者台からは悲痛な叫びと好奇心に満ちた笑い声が聞こえてきた。

「王の力は人を孤独にする、か・・・フフ、ずいぶん違っていたようだな・・・なあルルーシュ」

跳ねる荷台の上でぬいぐるみを抱えたまま、C.C.が下に向かって愉快そうに声を掛ける。

「ば、ばか・・・っ、この・・・ちょっ・・・止まれええええぇ・・・!」

その答えは車輪の音と悲鳴に紛れて、ついぞ魔女の耳に届くことはなかった。



08-09-29/thorn