w　a　r　m　t　h （something i can never have） ブリタニア宮殿エグゼリカ庭園――――帝国内で最も美しいと謳われる豊かな庭に不似合いな携帯の着信音が鳴り響く。通話ボタンを押した途端、ルルーシュの耳にひどく焦った声が飛び込んできた。 『陛下、ナイトオブラウンズが・・・ナイトオブワンを先頭にこちらに向かってきます！ラウンズの機体は確認できただけでも4機はいます。また、その直属部隊までが・・・』 「わかった、全軍第一種戦闘配備を敷け。すぐに戻る」 動揺を隠せない通信兵に短く指示を出すと、ルルーシュは携帯電話を切って顔を上げた。漏れ聞こえた不穏な響きにスザク、C.C.、ロイドが表情を引き締めて若き皇帝に注目する。一人一人の顔を見渡しながら、落ち着いた様子でルルーシュが言った。 「ナイトオブワンが手勢を率いてこちらに向かっているそうだ」 「ほう、シュナイゼルの差し金か？」 つまらなそうに腕を組むC.C.の隣で、ロイドがアイスブルーの瞳を細めてニヤリと笑う。 「ビスマルク殿がシャルル皇帝以外の人間に従うことはありませんよ・・・まあそれをシュナイゼル殿下も計算していると思いますけどねえ」 「ああ、それはこちらも予測済みだ。焚き付けて、時間稼ぎにでも使うつもりだろう。どちらにしろ、こちらの対応は変わらない・・・全軍を挙げて迎撃体制を整え、奴らを撃破する」 ロイドの発言に頷き、ルルーシュが力強く断言する。 しかし、それを遮る者があった。 「・・・軍を動かす必要はございません、陛下」 「スザク？」 芝の上に膝を折り、皇帝唯一の騎士が恭しく頭を垂れる。 「帝国軍は未だ再編を終えておりません。今は来たるべきシュナイゼルとの戦いに備えるべきかと」 「それはそうだが・・・ではビスマルクは」 「彼らは、自分とランスロットが」 「・・・まさか、たった一機で出るというのか？」 無謀とも思える申し出に、ルルーシュが眉を寄せて跪くスザクを見下ろす。ロイドが怪しげな笑みを深めて、皇帝の顔を無遠慮に覗き込んだ。 「いけると思いますよ〜。枢木卿と、僕のランスロット・アルビオンなら」 「アルビオン・・・第9世代ナイトメアか・・・」 噛みしめるようにその名を呟いて、ルルーシュは複雑に思考を巡らせる。 ロイド率いるキャメロットが新たに開発した新型は、先の戦いで圧倒的な力を見せつけた紅蓮聖天八極式と同等の力か、それ以上の性能を備えているという。 もしそれが本当なら―――― 「陛下、どうか自分にご命令下さい。ナイトオブラウンズを討て、と」 迷いなく言い切ると、スザクは顔を上げて己が主君を仰ぎ見た。 無言のまま、二人の視線が絡み合う。 「・・・わかった」 軽く目を伏せ、どこか諦めたような表情でルルーシュがゆっくりと頷いた。そして再び顔を上げると、皇帝は純白の装束を翻し、自らの騎士に勅命を下す。 「ナイトオブゼロ、枢木スザクに命じる・・・ランスロット・アルビオンを駆り、我が帝国に仇なす者どもを討ち滅ぼせ！」 「Yes, Your Majesty」 静かな庭園に張りのある声が響いた。儀礼的な二人のやり取りを愉快そうに眺めながら、ロイドが堪えきれずに含み笑いを漏らす。 「うふふふ〜、じゃあさっそく出撃準備しなくっちゃ」 「ずいぶん嬉しそうだな、おまえは」 「そりゃあ、僕のアルビオンの初お披露目ですからね〜」 浮かれるロイドを横目に、心底呆れた様子でC.C.が肩をすくめた。二人は暢気な会話を繰り広げながら水辺に繋いである馬へと向かう。 スザクは濃紺のマントを手に取り、肩で留めるとそれに続いた。金で縁取られた紅い瞳の紋章がふわりと風に揺れる。 「・・・・・・スザク、」 向けられた背中に、ルルーシュがふと声を掛けた。 スザクがぴたりと足を止めて、何事かと首だけで振り返る。 （行くな） 顔を見た途端、思わず口にしそうになった言葉にルルーシュは愕然とした。 たった今、出撃を命じた口で一体何を言おうというのか。 （俺は、大切なものを失いすぎた） ナイトメアに関するスザクの実力は確かだが、ランスロット・アルビオンは今まで実戦に投入したことはない。噂ではあまりの機体性能ゆえに、搭乗者の適性に左右される部分が大きく、不安定な部分も多いという。そんな中で相手にするのは、帝国最強を謳われたナイトオブラウンズ・・・その旗下に参じた者達とて並大抵の相手ではない。 （もう、これ以上誰も失いたくない） 「・・・陛下？」 立ち尽くすルルーシュを見て、スザクが歩みを戻した。 言葉を失い、ルルーシュの瞳が不安げに揺れる。 俯いたルルーシュの正面に立って、スザクはその名を呼んだ。 「ルルーシュ、」 はっとしたようにルルーシュが顔を上げる。 従者ではなく、対等の友人として、スザクはルルーシュの前に立っていた。 「大丈夫だ」 腕を伸ばして細い肩を引き寄せると、スザクは薄い身体を強く抱きしめる。衣服を通しても伝わってくる熱い体温に、ルルーシュの唇から浅く吐息が漏れた。 「俺は、必ず戻る」 肩越しに囁かれた言葉を身の内に刻むように、ルルーシュはそっと目を閉じる。幼子を安心させるかのような仕草で軽く背を叩くと、スザクはゆっくりと体を離した。 （そうだ・・・信じよう、スザクを） 何度も裏切り、裏切られた――――最悪の友人にして、最高の戦友。 ルルーシュが小さく頷いたのを見ると、柔らかな微笑みを残してスザクは踵を返す。馬に跨り、ナイトメアの格納庫へと向かうその瞳はすでに苛烈を極めるであろう戦場を見据えていた。 「スザク・・・」 遠ざかる後ろ姿を目で追いながら、薄れていく温もりを逃さぬように、ルルーシュは自らの体を掻き抱く。 （おまえは生きなくてはならない・・・俺のために） 「・・・信じさせてくれ、どうか・・・」 震える声で呟くと、ルルーシュは祈りを捧げるようにそっと瞳を閉じる。 水辺に残された白馬が天を仰いで一声、高く嘶いた。 08-09-18／thorn