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テ レ フ ォ ン コ ー ル
S i d e : S u z a k u
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握りしめたコインは一枚。
古びた公衆電話の前に立ち、スザクは暗唱している番号のボタンを丁寧に押す。
三回のコールで繋がった瞬間、受話器から聞き慣れた声が響いた。
「もしもし、スザクか」
「ルルーシュ?どうしてわかったの」
「・・・わかるさ、それは」
気遣いの滲む遠回しな答えに、スザクは思わず苦笑いを漏らす。
この『エリア11』で携帯以外から電話してくる人間など限られている。
公衆電話からの通話表示だけで、誰が掛けてきたかルルーシュにはすぐにわかったに違いない。
慣れない電話をもてあましながら、スザクは宙を仰いだ。
他愛のない言葉が口をついて出る。
「ね、ルルーシュ。今、何してた?」
「おまえからの電話を待ってた」
「えっ、ホントに?」
「ああ」
「どうして?」
「いいかげん、かけてくるような気がしていたからな」
せっかく番号を教えてやったのに、おまえはいつまでたってもかけてこないから。
らしくない、拗ねたような声音に吹き出したスザクは、ゴメンゴメンと笑い混じりの答えを返す。
こんな風にルルーシュが甘えてくる事は滅多にない・・・顔が見えないからだろうか。
「どうした、今日はいやに機嫌がいいな」
受話器からは耳に心地よい、低く穏やかな声が響いてくる。
面と向かって言えない事も今なら伝えられる気がして、スザクはふと表情を改めた。
「ちょっと・・・いい事があって」
ゆっくりと言葉を選びながら、スザクはつい数時間前の出来事を振り返る。
エナジーフィラーが底を尽き、フクオカ基地の真ん中で、ランスロットは圧倒的な数の敵兵に包囲された。
『死なないで、生きていて!』
主君であるユフィの叫びを聞きながらも、スザクは戦場に殉じる事に迷いはなかった。
これは実の父を、そして多くの日本人を殺した自分に与えられる、当然の罰なのだ。
死を受け入れた自分の前に舞い降りた黒いナイトメア・・・惜しげもなく差し伸べられた手。
モニター越しに焼き付いた光景を思い浮かべ、スザクは薄く微笑む。
「僕を・・・必要だと言ってくれる人がいたんだ、こんな・・・僕にも初めて・・・」
――――初めて信じられる、生きる意志と、希望というものを。
想いを口に出そうとすれば、言葉は途端にたどたどしくなる。
俯いてブーツの爪先を見詰めるスザクの耳に、微かなため息と共に柔らかな言葉が届いた。
「・・・そうか、よかったな・・・」
「うん・・・ごめん、いきなりこんな訳のわからない話して」
「おまえの唐突さはいつもの事だからな。気にしてないよ」
ひどいな、と言ってスザクは笑いながら目を上げる。
言葉を続けようと息を継いだ瞬間、通話時間の終わりを告げるブザーの音が響いた。
「ああもうコインがないんだ、ねえルルーシュ」
本当はまだ伝えたい事がある。
上手く言葉に出来ないもどかしさに、スザクは強く受話器を握りしめた。
「色んなことが上手くいく気がするんだ。これからはきっと・・・だから、今度は学校で会えるよね」
――――あんな戦場ではなく、学校で・・・ゼロではない、きみと。
ああ学校で、と事も無げにあっさりとルルーシュが応じた。
じゃあまたね、と告げた次の瞬間、通話がぷつりと途切れる。
ツーツーと繰り返される単調な音を耳にしながら、スザクはゆっくりと目を閉じる。
『黒の騎士団』を率いる『ゼロ』は、目的を達成する為に最も合理的な方法を選び、実行に移す男だ。
たとえそれが人命を損なう非情な作戦であっても、彼に躊躇いはない。
軍上層部も、ガウェインがランスロットにエナジーフィラーを手渡した理由は、政治的な思惑があっての事だろうとの見解を示している。
錆びた公衆電話の縁を指先でなぞりながら、スザクは一人、受話器に向かって静かに呟いた。
「それでも・・・きみは、君なんだよね・・・」
瞼の裏に浮かぶのは、衆目を前に毅然とした態度でスザクを『友達』と呼んだルルーシュの姿。
――――たとえ君が『ゼロ』の仮面を自ら捨て去る事が出来なくても。
遠くから自分の名を呼ぶ明るい声に、スザクは目を見開いた。 受話器を手にしたまま振り返ると、華やかなドレスを纏ったユフィが笑顔で手を振っている。
スザクは片手で軽く手を振ると、古びた公衆電話に受話器を戻す。
頭上に広がる青空を見上げて笑みをこぼすと、白の騎士は青々と茂る草原へと歩を踏み出した。
少し怖いけれど、僕はまだ、きみを信じている――――
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07-10-15/thorn
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