春　待　つ　け　も　の 吹き抜けた一陣の突風が、クラブハウスの窓を揺らして音を立てた。 窓枠に施された流麗な細工が凍えるように小さく震えている。 「すごい風、」 窓辺に立っていたスザクがぽつりと呟いた。 その瞳は風にしなる中庭の木々をじっと見つめている。 「春一番、って言うんだろう、日本では」 ソファに沈み込んで本を読んでいたルルーシュが、顔を上げずに答えた。 驚いたような顔でスザクが背後をかえりみる。 「よく知ってるね、ルルーシュ」 「おまえが昔、教えてくれたんじゃないか」 「そうだっけ」 曖昧に微笑んで、スザクは再び窓の外へと視線を移した。 その後ろ姿を盗み見て、ルルーシュはそっと両眼を細める。 「はやく、桜の花が咲くといいなあ」 独り言のように呟いて、スザクが窓に顔を寄せた。 曇りなく磨かれた硝子の表面に、ぼやけた影がうっすらと映し出されている。 「また、君と一緒に見られるといいのにね」 「・・・見られるだろう、もうすぐ」 「ああ、そうだね」 窓の外を眺めたまま、ぞんざいな様子でスザクが頷いた。 本のページを指先でめくって、ルルーシュが軽く唇を噛む。 「･･･サクラはあまり好きじゃない」 「え、なんで？」 低く押し殺した声に、スザクが不思議そうな顔で振り向いた。 何も聞こえなかったかのように、ルルーシュは本に目を落として黙りこくっている。 窓辺から離れてソファへと歩を向けると、スザクは再び問い掛けた。 「桜、嫌いなの？どうして？」 本を覆う影に眉根を寄せて、不機嫌そうにルルーシュが口を開く。 「すぐに散ってしまうだろう」 「そうかな、それがいいんだと思うけど」 ルルーシュの隣に浅く腰を下ろして、スザクは遠くを見るような目をした。 「花びらが雪みたいに舞って･･･一緒に見たの、覚えてるよね？」 「･･･ああ」 瞳を伏せたまま、ルルーシュが唸るように答える。 「儚いけれど、すごく綺麗で･･･散っても、ずっと人の心に残るだろう？」 スザクがゆっくりと腕を持ち上げて、傍らのルルーシュに手を伸ばした。 白磁のような頬に触れようとした瞬間、本を離れた手が思い切りそれを払いのける。 目を見張るスザクを正面から見据えて、ルルーシュがはっきりと言った。 「俺は、自ら散るものには情けをかけない」 深い紫紺の瞳を覗き込めば、その底に揺らめく青い炎が見える。 一瞬だけ息をのむと、スザクは吐息と共に表情を和らげた。 「相変わらず厳しいな、きみは」 振り払われた手を戻して、今度は力任せに肩を引き寄せる。 ルルーシュの細い身体がよろめいて、スザクの腕の中に倒れ込んだ。 滅多に乱れる事のない、端正な顔が羞恥と屈辱に歪む。 見下ろしたスザクが微かに口の端を吊り上げた。 抵抗する身体を押さえ込んで、噛み付くように口づける。 「･･･それでいい、」 解放されて肩で息をつきながら、掠れた声でルルーシュが言った。 執拗に貪った唇は少女のように赤く染まっている。 「執着しろ、もっと」 呆気にとられたようにその顔を見つめて、やがて気が抜けたようにスザクが苦笑した。 「相変わらず、きみは･･･」 言葉を飲み込んで、スザクはやせた肩口に顔を埋める。 きみは強くて、厳しくて、こんなにも優しい―――― 「冬を越さなければ、桜の花はつぼみをつけない･･･そうだったよな？」 丸まった背中を宥めるように撫でて、ルルーシュが囁いた。 「おまえが昔、教えてくれたんだ。だから、」 身を起こしたスザクが、続きを遮るように薄い身体をソファに沈める。 荒々しく這い回る手に抗わず、ルルーシュは静かに瞳を閉じた。 穏やかな表情で横たわる獲物に、獣は泣き笑いの表情を浮かべながら白い首筋に牙を立てる。 荒れ狂う風の音に耳を傾けながら、スザクはただ春の訪れを願った。 08-02-25／thorn