粉  雪




凍り付くように冷たい風が頬を刺す。
ナイトメアのハッチを開け放ち、スザクはコックピットから空の一点を見上げて佇んでいた。
「枢木卿」
ランスロットの足元に一人の兵士が走り寄る。
重厚なヘルメットから覗く顔はまだ幼く、歳の頃はスザクがブリタニア兵に志願した時とそう変わらないように見えた。
火器を携帯していない事から軍でも位の最も低い一等兵である事が伺える。
少年は名誉ブリタニア人の資格を得る為に軍に志願した日本人のようだった。
同族から蔑まれようとも、最低限の衣食住が保証される軍の生活に志願する者は多い。
それだけ『日本人』としての生活は過酷だという事である。
少年は両足を揃え、弾む息を納めると緊張した面持ちで敬礼の姿勢をとった。
「枢木卿、レジスタンスの制圧を完了しました」
「ああ」
空を見つめたまま、気のない様子でスザクが頷く。
少年は直立不動で報告を続ける。
「先ほど、今回の反乱の指揮をしていたと思われるイレブンのグループが投降してきたのですが・・・」
「殺せ」
「えっ!?」
間髪をいれずにスザクが命じた。
反逆者とはいえ、同族に対して下されたあまりにも無慈悲な命令に思わず少年が声を上げる。
「で、ですが既に抵抗の意志はなく・・・全員が武器を捨てて投降しており・・・」
「皇帝陛下は」
じわりと首を巡らせて、スザクが振り返った。
深い湖の底のような、感情の見えない深翠の瞳に少年が息を飲む。
「陛下は抵抗勢力を残らず掃討しろと仰せられた・・・全員殺せ」
「・・・イ、イエス、マイロード」
声を震わせると、少年兵は踵を返して走り去った。
一人残されたスザクは再びのろのろと空を見上げる。
一面に広がる灰色の雲間から、白い粒が風に乗って舞い降りた。
「雪、か」
ぽつりと呟いた背後で、機銃の音と人々の悲鳴が響く。
振り向きもせず、スザクは胸元から騎士の徽章を取り出して眺めた。
羽を象った純白の飾りは埃で薄汚れ、血の染みさえ滲んでいる。
洗い落とそうとしても決して消えることのない穢れ――――
多くを失って、そしてスザクが得たものは、ブリタニア人すら羨むナイト・オブ・ラウンズという地位と名誉、そして力だった。
あれからたった一年。
スザクを取り巻く環境は大きく変わり、同族殺しを非難するかのような視線にもすっかり慣れた。
・・・もう今更何を感じる事もない。
粉雪を含んだ風がスザクの肩に掛かった青藍色の外套を大きく揺らす。
嗅ぎ慣れた血の匂いが風にのって届いた。
「もっとたくさん、降ればいいのに」
舞い散る汚れなき白に目を細めて、スザクが呟く。
雪が降り積もればいい、そして全てを覆い尽くしてしまえ。
忌まわしい過去も、拭えぬ罪も、全て白く――――無に還して。
「・・・寒い」
吹きすさぶ風に独白は掻き消え、純白の粒が舞い踊る。
徽章を強く握りしめて、スザクはゆっくりとその両眼を閉じた。

濁った灰色の空はどこまでも続いている。



07-12-19/thorn