Slave for you




艶やかな絹糸を思わせる髪から、透明な雫が滴り落ちて床に散った。
水滴を気にした様子もなく、ルルーシュは一人掛けのソファにゆったりと腰掛けて天井を仰ぐ。
背後から日に焼けた腕が伸び、肌触りのよいタオルが壊れ物を扱うかのようにそっと黒髪を包んだ。
真っ白なタオルが髪を滑り、上気した頬をかすめる。
ひじ掛けに腕を預けると、ルルーシュは軽く息をついた。

「・・・喉が渇いた」

髪を拭いていた手がふと動きを止める。
ルルーシュは眉根を寄せ、不機嫌そうな表情を浮かべて言い放った。

「風呂上がりに飲み物ぐらい用意しておいたらどうなんだ?」
「申し訳ございません、すぐご用意します」
「全く気が利かない・・・」

目を閉じたルルーシュの背後から人の気配が遠ざかる。
ダイニングから聞こえる物音を耳にしながら、ルルーシュはさらに深くソファに身を預けた。
肩に掛けられたままのタオルに火照った頬を擦り寄せる。
足早に戻って来た人物は、ガラス製のサイドテーブルにミネラルウォーターの入ったグラスを置いた。

「ルルーシュ様、」

呼び掛けに答えるように深く澄んだ紫の瞳が開かれる。
サイドテーブルを一瞥すると、ルルーシュは苛々した様子で声を上げた。

「誰が水を持って来いと言った?シャンパンがあっただろう、それを持って来い」
「はい、申し訳ございません」

ダイニングへと戻る背中に聞こえるように、大きくため息をついてルルーシュは足を投げ出す。
再び天を仰ぐと、クリスタルのシャンデリアから注ぐ光が双眸を射した。

「お待たせしました」

初めから用意してあったかのような早さで戻った人物は、サイドテーブルにグラスを置くとシャンパンのボトルを傾けた。
黄金に色づいた液体が足の長いグラスに注がれ、小さな泡が浮かんでは消える。

「なんだ、これは」

グラスの隣に置かれた生クリームのケーキに目を留めて、ルルーシュが不審そうに男を見上げる。
ふんわりとしたスポンジは白いクリームに包まれ、その上には鮮やかな赤い苺が一つ飾られている。
男は深い笑みを浮かべると、無言で一礼してルルーシュの足元に跪いた。
そして投げ出された足を取ると、懐から取り出したオイルを手に垂らし、丁寧に擦り込んでいく。
部屋にふわりとダマスクローズの高貴な香りが漂った。
ルルーシュはつまらなそうな顔でグラスを手に取ると、よく冷えたシャンパンを飲み干す。
皿に添えられたフォークをそのままに行儀悪く指先で苺を摘むと、口元に運んで歯を立てた。
男は俯いたままルルーシュの足先から膝に向かってオイルを垂らしている。
目を細めて足元の男を見下ろすと、ルルーシュは指先でケーキのクリームを乱暴に掬う。
美しく繊細に飾り付けられたクリームが崩れ、ケーキが無惨な形で横たわった。

「・・・指が汚れた」

男が顔を上げて卓上のナプキンを手に取る。
その鼻先に指を突き付けて、ルルーシュがさらに強い口調で言った。

「指が汚れたと言っているだろう?」

男は恭しくその手を取ると、細い指先を口に含んだ。
舌先で指を汚した白いクリームをゆっくりと舐め取る。
指先に絡みつく熱さに顔を赤らめ、ルルーシュが声を荒げた。

「卑しいな、おまえは・・・」
「申し訳ございません」

物惜しげに指から唇を離して男が平伏する。
そして再びオイルを手に取ると、反対の足を手に取って自らの膝の上に載せた。
薔薇のむせかえるような香りが足元から立ち昇る。
跪く男を見下ろして、憎々しげにルルーシュが呟いた。

「おまえはさっきからそればかりだ・・・申し訳ないなどと思ってもいないくせに」

足の爪先が男の顎を捕え、俯いていた顔を上向かせる。
深翠の瞳がルルーシュの瞳を真っ直ぐに捉えた。

「おまえはこの俺よりも、軍の呼び立てに重きを置くのだろう、スザク?」
「申し訳ございません、ルルーシュ様」
「馬鹿の一つ覚えとはこの事だな」
「・・・申し訳ございません」

涼しい顔で繰り返される言葉に、ルルーシュが舌打ちする。

「もういい!今日は休む」
「それでは」

スザクは立ち上がると、顔を顰めるルルーシュの膝裏に手を差し込んで軽々と抱き上げた。
そのままベッドへ向かって歩き出す。

「誕生パーティーは・・・」
「すごく楽しかった。おまえみたいに空気の読めない奴がいなかったからな」

スザクの言葉を遮ると、腕の中のルルーシュはふいと顔を背ける。
苦笑いを浮かべて、騎士は大事な主君をそっとベッドの上に下ろした。
皺一つないシーツが波打ち、黒髪が散らばる。
ルルーシュが引き上げた肌掛けから目だけを覗かせてスザクを睨み付けた。

「・・・もういい、帰れ」

スザクはベッドサイドに腰掛けると、しなやかな黒髪をゆっくりと梳く。
紫の瞳から険が薄れ、心地良さそうに細められた。

「ごめんね、ルルーシュ・・・誕生日、一緒に祝えなくて」
「代わりに今日は俺の命令を何でも聞くという約束だろう、だから早く帰れ」
「うん、そうだったね・・・ルルーシュ、様」

スザクは柔らかく微笑んだまま指先を滑らせて頬を撫でる。
覆い被さるように耳元に口を寄せると、低く笑って囁いた。

「誕生日おめでとう、大好きだよ、ルルーシュ」
「嘘つきめ・・・おまえなんか大嫌いだ」

顔が近づいて、唇が眦に浮かんだ水滴を優しく拭う。
心地よい重みを感じながら、ルルーシュは瞳を伏せて自分より少し大きな背中をきつく抱きしめた。



07-12-10/thorn