私 の 罪 、 私 の 罰





スザクさん、聞いてくださいますか。


あれは日本に来たばかりの頃でした。
私、お兄様に尋ねたことがあるんです。
お母様はどこにいるんですか、って。
お兄様は私の手を取って、天国にいる、と言いました。
きっとお兄様も辛かったのだと思います。
握る手が少し、震えていましたから。
それでも私はお母様が恋しくて、ずいぶん我が儘を言いました。
私もお母様のところに行きたい、お母様のいる天国に行く、
そう言って駄々をこねたんです。
そうしたらお兄様は私を抱きしめて、こう言いました。
天国に行くには、そこへ続く道を通らなくてはならない。
その道にはたくさんの恐ろしい怪物がいて、
簡単には天国に行けないようになっているんだ。
ナナリーはまだ小さいから、きっと怪物に食べられてしまう。
だから、ナナリーが天国に行く時は僕が先に行って怪物を追い払っておくよ。
怪物を全部追い払ったら僕が合図を送るから、
それまでは決して母さんの所へ行こうとしてはいけないよ。
ねえナナリー、約束だよ。
きっと、約束だよ。
・・・私をきつく抱いて、必死にそう言い聞かせるお兄様の声が、
今も耳の奥に残っています。


スザクさん、私は『知って』いたんです。


目も見えず、足も不自由な私のために、
お兄様はたった一人で苦しい思いをしながら、私を守ってくれていたことを。
だから私は、何か欲しい物を尋ねられた時はいつも、
『お兄様と一緒にいられればそれだけでいい』、
そんな風に答えていました。
でも、私はまるで『わかって』いなかった。
祖国に追われ、身を隠す私たちにとって、
この世界で生きていくことがどれだけ大変なことなのか。
お腹一杯ご飯を食べて、安全な場所でゆっくり眠る、
ただそれだけのために、お兄様がどれだけ苦労されたのか。
私は何一つ『わかって』はいなかった。
私は世界を恐れて目を閉ざしたまま、
聞こえのいい願い事を繰り返すばかりの、愚かな子供でした。
・・・何もせずに手に入れられる幸せなど、あるはずがなかったというのに。


スザクさん、聞いてくださいますか。


お兄様が私に欲しい物を尋ねた時、
私は逆に、お兄様の欲しい物を尋ねました。
すると、お兄様は私の頭を撫でてこう言ったんです。
『ナナリーが笑って、幸せに暮らしていける世界が欲しい』、と。
私にとってお兄様は、 暗闇に灯る、ただ一つの光でした。
たった一人の兄であり、父であり、母でもありました。
お兄様のいない世界は、私にとって何の意味もありません。
でも、お兄様はいつも、私のために力を尽くしてくださった。
・・・だから、今度は私がお兄様の、ただ一つの願いを叶えなければ。


お兄様のいない、この世界で、私は一人、生きていかなければなりません。
お兄様のいない、この世界で、私は笑って、幸せに、暮らさなければなりません。
お母様がいらっしゃる、天国へ昇ってもいいと、
いつかお兄様から合図が送られてくるその日まで。
・・・それが私に課せられた、罰なのだと思います。


ねえ、そうでしょう、スザクさん。








――――呼びかけに答える声はなかった。
車椅子の少女は、膝にのせていた花束を墓石の上に投げる。
薄暗く、寂しげな墓地に似合わない、温室のヒマワリの花が小さな墓の上に鮮やかな花びらを散らした。
「もう結構です、」
少女は真っ直ぐに墓碑を見つめたまま、傍らに立つ男に声を掛けた。
「行きましょうか、ゼロ」
黒ずくめの装束を身に纏った仮面の男が無言で頷く。
すると頭上を覆う厚い雲が途切れ、細く輝く光の筋が墓地に降り注いだ。
少女は紫紺の瞳を細め、白い両手を重ねてそっと天に祈りを捧げる。
仮面の男は光を避けるように顔を伏せると、ゆっくりと車椅子を押し始めた。




Knight of ZERO SUZAKU KURURUGI

Here lies a consummate and invaluable Knight to His Highness Lelouch vi Britannia 99th Emperor of the Holy Britannia Empire.



08-11-04/thorn