学 園 の 呪 い



ああ、あの話?『アッシュフォード学園の呪い』の事でしょ。
私も詳しくは知らないんだけど・・・なんか聞いた話だと、いきなり記憶がなくなったりするんだって。それも全部じゃなくて、部分的に。
自分でやった事とか、そこだけ全然覚えてないっていうの?
物忘れとか、寝ぼけてたんじゃないかって普通考えるけど、それが一人だけじゃなくて、集団で起こったりするらしいんだ。
そうそう、A組にマリアって女の子いたじゃない?最近、学校来てない子。
あの子ね、校舎裏の壁に、毎日毎日なんかの印を付けてたんだって。
もちろん、それ自分でも全然覚えがなかったらしくて・・・。
とうとう親が見かねて病院に連れて行ったらしいんだけど、原因不明で今も入院してるらしいの。
これもひょっとして『呪い』ってやつなのかな。
信じてるわけじゃないけど、それっぽい話があるとなんか怖いよね。


『アッシュフォード学園の呪い』か。あれだろ、人が消える、ってやつ。
いつの間にか人がいなくなってるんだけど、誰もそいつがいなくなった事に気付かない・・・なんか、昔の映画だか小説で聞いたことあるよな、こんな話。
今更なんで流行ってるのか、わけわかんねえけど。
そういやさ、うちのクラスの窓際、一つ席が空いてるだろ?
いや、カレンさんの席じゃなくて、窓際の真ん中あたりの・・・あそこって前に誰か座ってた奴いたか?
・・・そうだよな、誰もいなかったよな。
なんであんな真ん中の席が、一つだけ空席なんだ?
『呪い』の話聞いてから、急に気になっちゃってさ。
実は、俺たちはすでに『呪い』にやられて・・・って、オマエまさか今信じた?
空席なんて、たまたまだろ。『呪い』なんてありえねえし、実際。




「つまんな〜い、それ、却下!」
「えええーっ、これ会長が調べてこいって言ったんじゃないですか!」
生徒会長専用の肘掛け椅子に悠然と背を預け、あっさりと言い放つミレイの前で、リヴァルが大げさに項垂れた。
「だーってそんな暗い話、校内新聞に載せられないし・・・だいたい何よ、人が消えた事に誰も気付かないって」
ミレイは子供のように口を尖らせ、リヴァルを睨みつける。
「そんなのが本当だったら、そもそも消えたって話自体、出るはずないじゃない」
「うッ・・・ま、まあそうですけど、学校の怪談とか七不思議とかって、みんなそんなもんじゃないですかねえ・・・」
「そんな適当な怪談なんて、みんな聞き飽きてるわよ」
にべもなく、ミレイが切り捨てた。リヴァルがますます小さくなる。
「だいたいあんたが何もネタを出さないから、あたしが考えてあげたんじゃない。自分でちゃんと探してるの?」
「いやその、なかなか忙しくて、ですね・・・」
あらぬ方向を見つめてうそぶくリヴァルを冷たい目で睨みつつ、ミレイが脚を組み替える。
すらりと伸びた細い脚と際どいラインのスカート丈に、リヴァルが目線を漂わせた。
「どこ見てるのよ」
「へ?いや別にどこも・・・そもそも人手が全然足りないんですよ!会長、来週総会あるってわかってます?」
「・・・うわあ、そうだった!来週の・・・ええと、いつだっけ?」
一瞬の沈黙の後、ミレイがいきなり椅子から身を起こした。
たった今気がついたと言わんばかりの様子に、リヴァルはがっくりと肩を落とす。
今度はミレイがごまかすように両腕を組んで、うんうんと頷いた。
「そうねえ確かに手が足りないのよねえ。ニーナは病欠、シャーリーはお父様が亡くなって帰国しちゃったし・・・」
「そうですよ!シャーリーがいたときだってギリギリだったのに・・・だいたい何でうちには『副会長』がいないんですか?」
「・・・え?あれ、そうだったっけ?」
ここぞとばかりに勢い込んで身を乗り出すリヴァルに、ミレイが不思議そうに首を傾げる。
「そうだったっけ、じゃないですよ!・・・あ、じゃあ俺がやろうかな」
「あんたはダーメ!」
「ええーっ、なんでですか!?」
「特権使ってなんか悪いことしそうだからよ!」
ミレイが指を突きつけて断言し、リヴァルが抗議の声をあげようとしたその時、生徒会室の扉が音もなく開いた。
扉の前に現れたのは、ゆるいウェーブの髪を腰まで伸ばした、車椅子の少女。
「あ、ナナリーちゃん」
「・・・あの、すみません・・・・・・・・・お兄様、は」
少女は室内を窺うように、閉ざした目を彷徨わせる。
「ナナリーちゃん・・・あのね、」
ミレイが何か言いかけるのを遮って、少女は力なく首を横に振る。
「・・・いえ、すみません・・・私、大丈夫ですから・・・失礼します」
扉が静かに閉まったのを見送り、リヴァルは眉をひそめてミレイを振り返った。
「あの子にはね・・・『お兄さん』はいないの」
閉ざされた扉を見つめたまま、ぽつりとミレイが呟いた。
「幼い頃の事故で家族を全部亡くしたそうよ」
「そんな・・・じゃあ、」
「あの子は心の中に、自分を守ってくれる『お兄さん』を作りだんでしょうね」
ミレイは顔を曇らせて、そっと目を伏せる。リヴァルは言葉をなくして立ちつくした。
「でもね、どんなつらい事も、いつかは・・・忘れる事ができると思うの」
自らを奮い立たせるかのように、ミレイが静かに言葉を続ける。
「私たちに何が出来るかわからないけど・・・力になってあげられたらいいな、って」
「もっちろんですよ!俺でよければ、お兄さん役でも何でもやります!」
沈んだ空気を振り払うように、リヴァルが元気よく叫んだ。
表情を和らげて微笑むミレイに、少年の鼓動が一気に跳ね上がる。
と同時に、やり手の生徒会長はくるりと表情を変え、にやりと笑った。
「何でもやる、ね」
「・・・はあ」
不穏な空気を感じ取って、リヴァルが表情を固まらせる。
「じゃ、明日までに校内新聞の原稿と、総会の予算資料お願いね!」
「ちょっ・・・無理ですよそんな!」
今までの雰囲気を覆すような展開に、リヴァルが思わず声を上げた。
それに見向きもせず、非情な生徒会長は軽快に椅子から立ち上がる。
「私、理事長に呼ばれててね・・・大丈夫、とにかくガッツよ!ガッツあるのみ!」
拳を振り上げつつ、無駄な気合いと共に廊下に消えていくミレイをリヴァルは呆然と見送る。
「ガッツ、って言ったって、毎度毎度、限界あるよ。なあ――――
思わず声に出してぼやいてから、ふとリヴァルは我に返った。
今、誰の名前を呼ぼうとしたのだろう。
苦笑する誰かの姿が脳裏にぼんやりと浮かぶ。
それはシャーリーでも、ニーナでもなく・・・男子生徒のような気がするのだが、顔はまったく思い出せない。
生徒会はずっと4人でやってきたのだ。だから、そんな奴がいるはずがない。それなのに。
――――いるはずのない・・・誰にも気づかれずに、いなくなった誰か・・・・・・。
そこまで考えて、あまりの馬鹿馬鹿しさにリヴァルは一人、小さく笑う。
聞き込みを続けていたせいで、自分もすっかり『学園の呪い』に毒されてしまったようだ。
「・・・・・・『アッシュフォード学園の呪い』、かあ」
リヴァルはため息をつくと、ミレイの座っていた会長の椅子に勢いよく腰掛けて窓の外を眺める。
事故で家族を失ったナナリーの苦しみ。父親をテロで亡くしたシャーリーの悲しみ。
不安定なブリタニアの情勢。終わらない戦争。定まらない将来への展望。
自分のような子供にも、本当は悩みも不安もたくさんある。
『アッシュフォード学園の呪い』のように、つらい事も、悲しい事も、全て忘れてしまえればいいのに。
「・・・まあ、いつまでも現実から逃げてばっかりじゃいられない、か」
気を取り直すように椅子から身を起こすと、リヴァルは校内新聞の見出しを大きくノートに書き付けた。


『求む!生徒会役員』


生徒会室の窓から雲一つない澄み切った青空がのぞいている。
アッシュフォード学園は今日も、平和だ。



07-02-24/thorn
07-04-30(revised)/thorn