き み と ぼ く




「おまえ、よく転ぶなあ・・・どんくさい奴」
「きみがいきなり引っ張るからだろう!」
馬鹿にしたように見下ろす翠色の瞳を睨みつけて、土の畦道に転がったままルルーシュは怒鳴った。
「おまえがトロいのが悪いんだ。ほら立てよ」
スザクはまるで悪びれた様子もなく、力任せに腕を引く。
「痛い、引っ張るな!自分で立てる」
ルルーシュは二の腕を掴む手を振り払って、勢いよく立ち上がった。ふん、とスザクが鼻をならす。
「・・・血が出てるぞ、腕」
転んだ拍子に擦りむいたのか、少年の白い腕を一筋の赤い雫が伝う。
肘にできた擦り傷を確認して、ルルーシュは小さくため息をついた。
ここに来てからというもの、日に日に生傷が増えている気がする。それもこれも全部、目の前の馬鹿のせいだ。
「見せてみろよ」
「いいって」
「いいから見せろ」
強引な物言いに逆らえず腕を貸すと、スザクは真剣な目つきで赤い血の流れる傷口をじっと見つめた。
「でかい石があったから」
傷口から目を逸らさずに、ぽつりとスザクが呟く。
「おまえが転ぶと思って引っ張っただけだ」
拗ねたような、しかし真っ直ぐな口調で少年は続けた。
「悪かったな」
ルルーシュが軽く目を見開いて、スザクの顔を見据える。
「・・・別に、帰って消毒するからいい」
スザクは口を真一文字に結んで、ひどく不機嫌そうにルルーシュを睨みつけた。
「こんなの、舐めときゃ治る」
言うやいなや、スザクはルルーシュの腕に顔を近づけ、血に汚れた傷口を舐めた。
ざらりと濡れた感触が走り、驚いたルルーシュが声をあげる。
「っ、何を・・・っ!」
自覚したことのない羞恥に顔を染め、ルルーシュが怒鳴りつけようとした、そのとき。
おにいさま、スザクさん、どこですか――――
風にのって、遠くナナリーの呼び声が聞こえてきた。
「あ、ナナリーが呼んでる!」
瞬間、はたと顔をあげて、スザクが掴んでいた腕をあっさり振り捨てる。
「行くぞ、ルルーシュ」
踵を返して少年は軽快に走り出した。あっという間にその背中が小さくなっていく。
「ちょっと待て、ナナリーは僕の妹だぞ!どうして君が・・・待てよ、この馬鹿!」
慌ててルルーシュがその後を追う。
夏の訪れを感じさせる日差しの下、豊かに茂る木々の間から響き始めた蝉の声が二人の背中を見送った。



「おまえ、また噛まれたのか、アーサーに」
「・・・僕のせいじゃないと思うんだけど」
心底呆れたような口調のルルーシュに、生徒会室の救急箱をあさっていたスザクが情けない表情で振り返った。
「かしてみろ」
「いいよ、自分でやるから」
「利き腕じゃうまくできないだろ、ほら」
ルルーシュは有無を言わせずスザクから救急箱を取り上げ、慣れた手つきで傷口に消毒薬をかける。
「痛っ・・・もう少し優しくしてよ」
「余計なちょっかいをかけるからこうなるんだ」
にべもない様子でルルーシュが言い、スザクは小さく唸ってうなだれた。
ふいに指先の傷から血が滴り、絆創膏を用意するルルーシュの白い手を汚す。
「あっ、ごめん」
焦って拭うものを探すスザクに、すっと目を細めると、ルルーシュは鮮血が溢れ出る指先を口に含んだ。
柔らかな感触がそっと傷をなぞり、微かな痛みを残す。驚きにスザクが目を見張った。
「こんなの、舐めておけば治る」
ルルーシュは淡々とした調子で言い放ち、手早く絆創膏をスザクの指先に巻いた。
今日はちょっと立ち寄っただけだから、と言って鞄を取るルルーシュをぼんやりと眺め、スザクが呟く。
「・・・がさつになったね、きみは」
「誰のせいだと思ってるんだ」
軽く肩をすくめて、ルルーシュが生徒会室を後にする。
思わず苦笑して、スザクはその背中を見送った。


スザクはたった一人、生徒会室の椅子に座り、手当してもらったばかりの指先を見つめる。
「舐めておけば治る、か」
丁寧に巻かれた絆創膏を無造作にはがし、血に滲む傷口を舌先で抉る。
流れる血は、生きている証。
鈍い鉄の味が口の中に薄く広がった。
――――ありがとう、ルルーシュ」
唇を放した、その指先にもう傷はなかった。



07-03-25/thorn