Get into the pose!




よく磨かれた、一点の曇りもない鏡の前に立ち、ルルーシュは蛇口に手をかざした。
勢いよく流れ出た透明な水が白い手を濡らす。
はねた水が照明にきらめいて大理石の洗面台に小さな水玉を作った。
備え付けのリキッドソープを少量だけ手に垂らすと、軽く泡立てて手を洗う。
リキッドソープからバラの控えめな香りがふわりと漂って消えた。備え付けとはいえ、かなり上質の品だ。
流水で十分に泡を洗い流すと、きちんとアイロンのかかったハンカチを取り出し、丁寧に手を拭う。
ルルーシュの一連の動作は無駄がなく、どこか気品を感じさせた。
その様子を見れば、少し憂いを帯びた端正な横顔に見蕩れる者もあるだろう。
――――ここが学校の男子トイレである事を除けばの話ではあるが。
ルルーシュはハンカチを制服のポケットに収めると、凝った装飾が施された鏡の前で姿勢を正す。
制服の袖についた小さな埃を払い、目にかかった長めの前髪を片手でかき上げた。
左右に体の向きを変えて身だしなみを確認すると、ルルーシュは鏡を覗き込み、自らの顔をじっと眺める。
『黒の騎士団』の活動で寝不足が続くせいか、目の下にはうっすらとクマらしきものが浮かんでいた。
・・・『ゼロ』としての活動方法を、もう少し考えねばならない。
鏡の中に映る自分から目をそらすと、ルルーシュは顎に手を添えて考え込んだ。
確かにやるべき事、考える事は山積みであり、毎日寝る間もないほど忙しい。
しかし、無理を押して倒れれば却って時間のロスになり、整い始めた組織に混乱を招く。
まずは組織体制を適切に構築し、指揮系統を整備することが先決だ。
思考を固めると、ルルーシュは軽く息をつき、目を上げて鏡の中の自分を見据えた。
疲労をにじませながらも、鉄の意志を秘めた紫の瞳が強い光を放っている。
ルルーシュは挑戦的な微笑みを口元に浮かべて呟いた。
「・・・大丈夫だ、やれるさ」
「あ、やっと今日のポーズ決まった?」
じゃぶじゃぶと水を飛び散らせて豪快に手を洗いながら、右隣の洗面台でリヴァルが言った。
「ほわあぁっ!リ、リヴァル・・・いつからそこにっ!?」
「いつからって・・・さっきから隣にいるでしょーが」
素っ頓狂な声をあげるルルーシュを後目に、呆れた調子でリヴァルがポケットからくしゃくしゃのハンカチを取り出す。
「さっきのポーズ、もう少し顎を引いた方がいいと思うよ」
左隣の洗面台ではスザクが小さなタオルで手を拭いながら涼しい笑顔で寸評を述べる。
「ルルーシュの上目遣いの表情ってすごく魅力的だよね」
「うわああっ!ス、スザク、おまえまで・・・!」
両脇から注がれる視線に、ルルーシュは思わず後退る。
「な・・・おまえたち、何やってるんだよっ、こんなところで」
「何って・・・トイレなんだから用を足しに来たにきまってるでしょ」
「いるならいるって声かければいいだろっ!」
「だってルルーシュ、一生懸命ポーズ考えてるみたいだったから」
なあ、と二人は顔を見合わせて頷いた。ルルーシュの顔がみるみる赤く染まる。
「ポ、ポーズって、そんなの俺は・・・」
「え?だって次の美術、今日のモデルはルルーシュだろ?ポーズ考えてたんじゃないの?」
真っ赤になって震えるルルーシュに、不思議そうな顔でリヴァルが問い掛けた。
ルルーシュは一瞬ぽかんとしてリヴァルを見つめ、慌てたように早口で続けた。
「あ・・・ああそうだ、今日はデッサンのモデルだからな!ちょっと自分で色々とポーズを考えてたんだ」
「ルルーシュ、ちゃんと準備するなんてさすがだね」
「もちろんだ、不備があってはいけないからな」
感心したようなスザクの言葉に調子を取り戻し、ルルーシュは鼻を鳴らして胸を張る。
「じゃあ、俺は先に美術室に行ってるぞ。遅れるなよ、二人とも」
ルルーシュは自信に満ちた笑顔を浮かべると、靴音を響かせてレストルームから出ていった。
残されたリヴァルとスザクは、再び顔を見合わせる。
一瞬の間をおいて、二人は同時に吹き出した。
「スザク上手いなあ、」
「リヴァルだって、ちゃんとフォローしてるだろ」
「あれで結構ナイーブだもんな、ルルーシュって」
体をくの字に折り曲げて、ひとしきり笑ったリヴァルがやっとの事で立ち直る。
「あいつさぁ、女からクールとかカッコイイとか騒がれてるけど、実際かなり抜けてるよな」
「そうだね。僕はルルーシュのそういうところが好きだけど」
笑いの余韻を滲ませながらも、どこか真面目な口調でスザクが言葉を返す。
リヴァルは『貴族への賭金請求用営業スマイル』を顔をに貼り付けて、スザクに向き直った。
「あのなスザク。そういうセリフは俺じゃなくて、ルルーシュと女共が周りにいるときに吐けよな?」
スザクは『イレブン嫌いの女子さえ落とす純度100%笑顔』を浮かべてリヴァルを見返す。
「わかったよリヴァル。でもそれなら僕にも少し『還元』してくれてもいいんじゃないの?」
「ありゃ、バレてんのか」
なかなか鋭いじゃん、と言ってリヴァルは悪びれる事なく肩をすくめる。
「クラスの女子から色々『カンパ』を頂いちゃってるからな・・・んで今回はデッサンモデルってわけ」
「ルルーシュ、基本的に人に注目されるの好きだし、乗せやすいよね」
「そうそう、頼られると弱いタイプだし、意外と素直なんだよな。そういうとこ」
「なんでも興味なさそうにしてるけど、困ってる人とか見ると絶対放っておけないし」
「冷静に見えて、実は後先考えずに突っ込んでいくんだよなあ」
「ポーズは決まってるのにね」
「カッコつけなんだよ、結局」
言いたい放題に友人を評しながらも、二人は口元に温かな笑みを浮かべる。
「というわけで、繊細なランペルージくんには黙っておいてもらえるよね、枢木くん」
頭の後ろで手を組んで、リヴァルがおどけた口調でスザクを覗き込む。
「ルルーシュの友達として、それには応じられないな」
スザクは難しい表情で腕を組み、眉をひそめた。
「でも女の子たちの楽しみを壊すのは忍びないからね。ここは聞かなかった事にしておくよ」
「おおスザク、おまえって話のわかる奴だな!」
「あ、そういえば今日のスペシャルランチは僕の好きなハンバーグなんだよね」
「・・・・・・ごちそうさせていただきます、枢木くん」
おまえも意外としたたかな奴だよ、と呟いてリヴァルはスザクの肩を叩く。
「それじゃ、我らがルルーシュ様を描きに参りますか!」
密かに交流を深めた二人は、肩を並べてレストルームを後にした。



07-05-21/thorn