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「なんだ、リヴァル一人か・・・スザクは?」
生徒会室の戸口に現れたルルーシュが室内を見渡しながら言った。
アーサーにエサをやっていた俺は、ぼんやりとその姿を見上げる。
「二人で先に教室を出ただろう、今日は軍務もないと言っていたが・・・」
日直で遅くなるからってエサ当番を代わってやった俺に感謝の言葉もなくいきなりそれかよ!
・・・と一息に叫びたい所だが、俺はため息一つで言葉を飲み下した。
こいつの『いい性格』にはもうすっかり慣れっこだ。
「ああ、スザクならちょっと呼び出し受けてさ」
「呼び出し?」
もったいぶった言い回しをしたのは、ささやかな俺の反撃である。
ルルーシュの整った顔が不機嫌そうに歪んだ。
「どこに」
「ああ、校舎裏かな」
「校舎裏・・・一人で、か!?」
「そう」
「黙って行かせたのかリヴァル」
「うん」
アーサーの頭を撫でながら気の抜けた返事をすると、紫色の瞳が俺を鋭く睨み付けた。
やっと椅子に腰掛けた所を、乱暴な音を立てて再び立ち上がる。
剣呑な空気をまとうルルーシュを見上げて、俺は訊ねた。
「どこ行くんだ、ルルーシュ」
「決まってるだろ、校舎裏だ!」
「何しに?」
「何って・・・邪魔しに行くに決まってる!」
「へえ〜、そりゃ馬に蹴られて死ぬな」
「は?」
眉を寄せて振り返ったルルーシュに、俺はしゃがみ込んだままニヤリと笑ってみせた。
「スザクが女子に告白されてる所を邪魔しに行くわけ?」
ルルーシュは一瞬ぽかんとして立ちつくし、コクハク、と人形のように俺の言葉を繰り返す。
そして安堵のため息を漏らすと、脱力して再び椅子に座り込んだ。
「エリア11・・・日本では恋の邪魔者は馬に蹴られて死んじゃうらしいぜ。面白いよな〜」
「リヴァル、おまえな・・・!」
「スザクがフクロにされそうだってのを、俺が見捨てるような奴に見える?」
笑いながら意地悪く問い掛けると、ルルーシュは眉間の皺を深めてふいと横を向いた。
俺は空々しい鼻歌を歌いながら、向かいの席の椅子を引く。
ルルーシュは物事に対してクールな態度を装っているけれど、実は熱くなりやすい性格である。
何にでも無関心そうに見えて正義感は人一倍強いし、相手が権力を持った貴族であっても突っかかっていく・・・それで俺は何度トラブルに巻き込まれたかわからない。
さらに妹のナナリーの事になると周りの事は何も見えなくなるという、重度のシスコンだ。
確かにナナリーは体が不自由だけれど、ルルーシュが思うよりもずっとしっかりした子だと俺は思う。
そして最近はルルーシュの『保護対象』に”スザク”という存在が加わった。
なんでも幼なじみとかいう話で、転入当初から何かとルルーシュが世話を焼いている。
二人はあまりそのことについて話したがらないけれど・・・きっと何か色々と事情があるのだろう。
スザクが『イレブン』であるという事もあるのかもしれない。
呼び出し、という言葉にルルーシュが過剰反応したのはそのためだ。
転入当初、スザクはよく『イレブンだから』という理由でいわれもない中傷や嫌がらせを受けていた。
酷い奴になると、何かと因縁をつけては集団で暴力をふるう・・・もちろんスザクが抵抗できないのを見越しての事だ。
生徒会に入ってからもしばらくそれは続いていたのだが、ある日を境に、表だった嫌がらせがぱったりと止んだ。
『・・・そうそう!最近うちの新しい役員と”仲良く”してくれる困った人たちがいるみたいなんだけど。うちの役員に手を出すって事は、生徒会に対してケンカ売るって事よ・・・覚悟してちょうだいね』
――――全校集会でのミレイ会長による締めの一声である。
由緒正しきアッシュフォード家の長女、美人でナイスバディの上に頭脳明晰、面倒見がよくて姉御肌・・・絶大なる人気を誇る天下の生徒会長に逆らう者はそういない。
笑顔で全校に宣戦布告する姿は鳥肌が立った。さすが俺が惚れた女だ。
俺は正面のルルーシュに目線を戻して、しみじみと呟いた。
「まったく・・・ナナリーとスザクの事となると途端に過保護になるよな、ルルーシュって」
「そんなことはない」
「そうかあ?」
ルルーシュはからかわれた事を根に持っているらしく、鞄から取り出した雑誌を仏頂面で広げている。
俺は机に頬杖をついて二年来の悪友の様子をじっと眺めた。 すらりとした足を組んで静かに目を伏せた姿は、まるで一枚の完成された絵画のようだ。
ルルーシュの取り澄ました横顔を眺めていると、その仮面のような顔を引きはがしてやりたいような気持ちになってくる。
俺は素知らぬ顔をして、軽い調子でルルーシュに問い掛けた。
「じゃあ気にならないんだ、スザクを呼び出したのがどんな女の子か」
「別に」
難しい経済情報誌に目を通しながら、まったく関心がないといった様子でルルーシュが答える。
あっそ、と呟いて俺は斜め上を見上げながら言葉を続けた。
「うらやましいよなあ、スザク・・・相手は三年生かあ、いいよなあ年上のお姉様なんてさー」
ちらりと目線を走らせると、ルルーシュは鉄壁のポーカーフェイスで雑誌のページをめくっている。
「美人だったなあ・・・黒髪のさらさらストレートで色白で、すらっと細くてさー」
黙々と記事を追う紫の瞳を目の端で観察しながら、さらに俺は大きく独り言を続ける。
「そういやこないだ話してたスザクの好みにぴったりだったよなあ・・・付き合っちゃうのかなーあいつ」
『スザクの好み』という言葉に、ルルーシュの伏せた長い睫毛が小さく震えた。
「うらやましいよなあ、スザク・・・でも噂によるとあの人、わりと男遊びが激しいって話だけど」
「・・・な、なんだそれは・・・っ!?」
突然、ルルーシュが椅子から身を起こしてこちらへ向き直った。 その膝から雑誌が落ちて、床でぐしゃりと折れ曲がる。
俺はとぼけた顔で、ルルーシュに向かって軽く首を傾げた。
「えー、なに?」
「何じゃなくて・・・その女だっ!お、男遊びがどうとか・・・っ」
「ああうん、結構ミーハーだって噂だけど」
「・・・スザクは知ってるのか?」
「さあねえ、たぶん知らないんじゃない?」
「なっ・・・どうするんだっ、そんな女にスザクが引っ掛かったら!」
ルルーシュが握りしめた拳を震わせて低く唸る。
あまりに大仰なセリフに俺は思わず吹き出した。
「おいおい、引っ掛かるって・・・」
「スザクが変な女に騙されたらどうするっ!」
机に片手をつき、身を乗り出すようにしてルルーシュが叫んだ。からかいがいがあるにも程がある。
俺は大きく仰け反ると、椅子の背もたれに寄り掛かって苦笑いを浮かべた。
チェスの対戦では盤上を一目見ただけでで終局まで想定するとか言っていたが、ルルーシュの中ではスザクの恐ろしい未来図が展開されているに違いない。
「あー、まあそれって噂だし・・・その人も今回は本気かもしれないし」
「噂が流れるということは、根拠がどこかにあるという事だろうが」
「そうかもしれないけど、付き合ってみないとわからないじゃん」
「あいつが騙されてからじゃ遅いだろ!」
・・・ああ、馬に蹴られて死ぬのは俺かも知れない。
軽く後悔しつつ、俺は机に沈み込んだ。
上目遣いで様子を窺うと、ルルーシュはいつも考え事をする時のポーズで何かをぶつぶつ呟いている。
冴え渡る頭脳を駆使して導かれる答えが一体どんなものなのか・・・想像するだけでなんだか頭が痛くなってきた。
「・・・あのさー、ルルーシュ」
「なんだよ」
冷たく澄んだ紫の瞳が真っ直ぐに俺を見下ろす。
相変わらず不思議な色だな、と頭の片隅で思いながら、俺はため息と共に口を開いた。
「色々心配なのはわかるけどさー、スザクが自分で考えて、自分で決めた事だったら仕方ないだろ?」
何の気なしにそう言うと、ルルーシュは一瞬固まって、俺の顔をじっと見つめた。
「そう、だな・・・」
どこか哀しげな響きに、今度は俺の方が面食らう。
さっきまでの態度はどこへやら、ルルーシュは瞳を伏せて沈黙した。
「・・・どした?なんか俺、変な事言った?」
「いや、別に・・・おまえの言う通りだと思っただけだ」
床に落ちた雑誌を拾うと、ルルーシュは折れたページを丁寧に伸ばして膝に広げた。
そして元のように片肘をつくと、何事もなかったかのように雑誌を読み始める。
消沈した様子が気になって声を掛けようとした時、生徒会室のドアがスライドして噂の当人が現れた。
「あ、二人とも!遅れてゴメンね」
「おお、スザク。どうしたよ、さっきの子は!」
雑誌から目を上げないルルーシュを横目に、俺は気を取り直してスザクに問い掛ける。
机に鞄を置くと、スザクは照れたように頭をかいた。
「ああ・・・うん、お断りしたよ」
「えーっ、もったいねー!スザクの好みのタイプじゃないのかよ?」
あはは、とスザクは大きく口を開けて明るい笑い声を上げた。
傍らに座ったルルーシュが経済雑誌のページをゆっくりとめくる。
スザクは鞄を開けると、中を覗き込みながら答えた。
「好みとかそういうの、僕が選べる資格なんてないよ。好きになってくれるだけでありがたいし・・・」
「じゃあさ、なんで断ったわけ?」
「うーん、付き合ってもなかなか時間をとってあげられないと思うし、それに」
「それに、なんだよ」
俺は眉を寄せて途切れた言葉の先を促す。
鞄の奥からファイルを探し当てると、スザクが顔を上げてにっこりと笑った。
「僕は軍人だからね・・・何かあった時、人に心配かけるの嫌なんだ」
まるで天気の話をするように、無邪気な口調でスザクが答えた。
軽い調子とは全く似合わない、その意味の重さに俺は思わず言葉を失う。
スザクは固まっている俺を気にした様子もなく、鞄の留め金を閉じるとファイルを差し出した。
「リヴァル、これをミレイ会長に渡してもらえないかな」
「・・・な、なんでだよ、もう少ししたら会長も来るだろ」
「実は、これから『仕事』に行かなくちゃならないんだ」
「ええっ、今日は空いてるんじゃなかったのかよ」
「急な呼び出しみたいでさ・・・ごめん」
困ったように笑いながら、スザクがファイルを掲げる。
俺はファイルをひったくると、できるだけ厳めしい表情を作ってスザクを睨み付けた。
「おまえが謝る事じゃねーよ。でも次は絶対作業手伝わせるからな・・・ちゃんと学校来いよ!」
「・・・ありがとう、リヴァル。ルルーシュも・・・じゃあ、またね」
スザクは嬉しそうに笑うと、鞄を手にとって迷いなく踵を返す。
扉の手前で振り向くと軽く手を上げて、スザクは笑顔のまま姿を消した。
ルルーシュは雑誌に目を落としたまま、微動だにしない。
生徒会室に沈黙が下りた。
「・・・大変だよな、あいつも」
スザクの出ていった生徒会室の扉を眺めながら、俺はぼんやりと呟く。
「どうにか・・・なんねーのかな。軍じゃなくて、もっと他の所で・・・」
「あいつが決めた事だからな、俺達が口出しする事じゃない」
独り言のような俺の言葉に、淡々とルルーシュが答える。
その無表情からは何も読みとれない・・・だけど、こいつとは短くない付き合いだ。
経済雑誌のページがさっきから一枚もめくられていないのを横目で確認しつつ、俺は勢いをつけて立ち上がる。
「はーあ、スザクも帰っちゃったし、今日は俺も帰ろっかな・・・なあルルーシュ」
肩を回しながら振り返ると、ルルーシュが無言で目を上げる。
「俺のバイク、こないだチューンしたから様子見かねて走りに行こうと思うんだけどさ・・・付き合ってくれない?」
「・・・なんで俺が」
「だって俺のバイク、サイドカー付きだぜ?誰か乗ってないと様になんないじゃん」
「じゃあ女でも誘えばいいだろう」
「うっわールルーシュ、そういう事言うわけ〜!?」
わざとらしく大げさに嘆いてみせると、ルルーシュが大きなため息をついた。
口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
「全く・・・仕方ないな、付き合ってやってもいいぞ」
「よっしゃ、じゃあ決まり!」
「・・・クラブハウスに鞄を置いてくるから、バイク正面に回して待ってろ」
「かしこまりました、ルルーシュ様」
膝を軽く折って貴族式の礼をしてみせると、ルルーシュが鼻で笑って生徒会室を後にした。
一人残された俺はポケットを探ってバイクのキーを探り当てる。
取り出した手の平の上で愛車のキーが鈍く輝いた。
キーチェーンには奇妙な黄色い人形が括り付けられている。
賭チェスの帰りがけにルルーシュが放ってよこした物だ。
苦々しい顔でピザの食い過ぎがどうとか呟いていたのを思い出して、俺は急に可笑しくなった。
『ルルーシュ・ランペルージ』という奴は、いつだって偉そうだし、自信過剰が鼻につくし、本当に付き合いにくい奴だと思う。
なんだってあんな面倒な奴と一緒にいるのかと言われれば・・・それはあいつの目だ。
ルルーシュは、本人でも気がついていないと思うけれど、時々どうしようもなく寂しい目をしている瞬間がある。
あの暗く哀しい瞳の色を見ると俺はどうも落ち着かなくなって、側にいてやらなくちゃいけないような気持ちになるのだ。
本当は正面きって言ってやればいいのかもしれない。
『カッコつけて、一人で抱え込んでるんじゃねえよ!俺たち友達だろ!?』
・・・なんて、そんな青春じみたセリフ、恥ずかしくて言う勇気はないけれど。
「・・・結局は俺も過保護って事かな」
勢いをつけて宙に放り投げたバイクのキーは放物線を描いて俺の手の中に収まった。
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07-11-25/thorn
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