Nothing's gonna change
my world





夕食の後、いつものように兄さんと後片付けをして一息ついていると、見ていたテレビのバラエティ番組にニュース速報が割り込んできた。テロリスト潜伏の疑いでイチガヤ・ゲットーを制圧。ブリタニア軍に死傷者なし。浮かび上がったテロップの背景で、小太りのコメディアンが派手なリアクションで床にひっくり返る。男は小刻みに痙攣すると、がっくりと首を落として動かなくなった。死人の真似だろうか。白目を剥いた男の表情に会場からドッと笑い声が上がる・・・一体何が面白いのだろう。僕にはよくわからない。大体、ちっとも似ていないじゃないか。僕は今までずいぶん人を殺してきたけれど、あんな風に死ぬ奴なんて見たことがない。
心の中でそう呟きながら、僕はテレビの観客に合わせて笑顔を作った。まるで面白くないけれど、これが普通の反応なのだろう。テレビの中では番組の司会者が死んだコメディアンを爪先で蹴り飛ばした。やだあ、ひどーい。そう言いながら、ミニスカートのアイドルが指をさして笑っている。
「・・・馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てるような響きに、僕はハッとして隣にいる兄さんの顔を窺った。ソファに腰掛けた兄さんは、ひじ掛けにもたれた姿勢でテレビを見つめている。透き通るように白く、整った顔立ちはまるで精巧な人形のようだ。怒った表情ですら様になる――――少しの間見とれて、それから僕は慌てて呼び掛けた。
「ごめんねルルーシュ兄さん、チャンネル替えようか」
「ああ、違うんだロロ。馬鹿馬鹿しいっていうのは、あのニュースの事だよ。嘘ばっかりだからさ」
ソファから身を起こすと、兄さんはポケットから携帯を取り出す。
「今さっき、たまたまイチガヤにいたクラスの奴からメールがあったんだ。本当はテロリストなんかじゃないらしい。軍の奴らがイレブンと揉めて、発砲したのが始まりだって・・・一般人まで巻き込まれて、怪我人もだいぶ出ていたそうだよ」
「えっ、でもニュースでは『死傷者なし』って」
「軍には、な」
携帯から顔を上げると、兄さんは皮肉げな笑みを浮かべた。僕と同じ紫色の瞳が不快そうに歪む。
「くだらない言葉遊びだよ。実際、一般市民やイレブンがどれだけ巻き添えになったのか・・・軍に都合の悪いことは、全部揉み消されてるんだろうな」
――――警戒せよ。
どこか悔しげな横顔を見つめながら、僕は片手をそっとポケットに差し入れた。今の言葉からは、明らかに軍の情報統制に対する不満が伺える。イレブンどもに同情的であるのも気がかりだ。ポケットを探る指先に、使い慣れたナイフの柄が触れる。
ルルーシュ・ランペルージ。かつてゼロと呼ばれ、黒の騎士団を率いてブリタニアに刃向かった愚かな男。そして皇帝に記憶を封じられ、過去を忘れて生きながらえている哀れな皇子。その忌まわしい記憶が戻りつつあるのだろうか。もしそうであれば、『ルルーシュ』には今ここで死んでもらう。
僕は軽く目を閉じて、ルルーシュを殺すための手順を考えた。簡単すぎて、ギアスを使う必要もない。ポケットの飛び出しナイフを取り出して、喉元を真横に引き裂く。それでおしまいだ。声をあげる事もできずに、この男は息絶えるだろう。さっきのコメディアンのようにもがき苦しむこともない。
「ねえ、兄さん」
「うん?」
甘えた声を出して、僕はルルーシュのシャツの袖を引いた。さっきまでと違って、振り向いた口元は柔らかな笑みの形を作っている。僕はその左目を注意深く観察しながら言った。
「もしも、さ・・・もしゼロが生きていたら、世の中はもっと変わっていたのかな。ブラックリベリオンで黒の騎士団が勝っていたら、今はもっと平等で平和な世の中になっていたと思う?」
見極めなければ――――この男の挙動を監視し、必要であれば処分する。それが僕の役目だ。弟として常に付き従い、少しでも怪しい動きや記憶回復の兆候があれば、奴がギアスを発動する前に抹殺する。無邪気を装って尋ねる僕に、ルルーシュは笑いながら首を傾げてみせた。
「さあ、何も変わらないんじゃないか?」
「・・・何も変わらない?」
「ああ。ブラックリベリオンみたいに、一部のイレブンが立ち上がるだけじゃダメだろう。上から押し付けた改革では何も変わらないさ。それにいくらレジスタンスをかき集めたって、正式に訓練を受けた軍人に勝てるわけがない。一時的には有利かもしれないけど、すぐにひっくり返っておしまいだよ」
馬鹿な奴だよなゼロは、と呟いてルルーシュは肩をすくめた。黒の騎士団を語る瞳に、特別な感情の色は見えない。しかし油断は禁物だ。些細な兆候でも見逃すわけにはいかない・・・ポケットのナイフを弄びながら、僕はさらに踏み込んだ。
「でも兄さんはブリタニア軍が好きじゃないんでしょ?」
「うん?まあそうだな。でも、別に黒の騎士団やゼロだって好きじゃないさ」
肩をすくめると、ルルーシュは僕に向かって手を伸ばした。避ける間もなく引き寄せられて、華奢な腕の中に転がり込む。
「ブリタニアも黒の騎士団も、そんなの俺にはどうだっていいんだ」
息を詰める僕の耳元で、ルルーシュが囁く。
「あいつらの下らない争いに、万が一お前が巻き込まれでもしたら・・・そう思うと俺は心配で堪らないんだよ、ロロ」
そう言ってルルーシュは僕を強く抱きしめた。背中に回された手が微かに震えている。頭上を仰ぐと、菫色の瞳がこちらを優しく見下ろしていた。
「兄さん、」
「でも、もしお前に何かあったら・・・俺もテロリストになってしまうかもしれないな」
「えっ」
突然の言葉に、僕は思わず声を上げた。ナイフを握る手に力が入る。不安そうに見えたのだろうか、ルルーシュはふわりと微笑んだ。
「だって、お前のいない世界なんて意味がないだろう?お前のためなら、この世界だって壊してやる」
ロロ、と紅い唇が愛おしげに名前を呼んだ。嚮団にいた頃の番号じゃない。この作戦に参加して、初めて与えられた名前。僕だけの名前、『ロロ・ランペルージ』・・・そうだ、僕はこの男のたった一人の『弟』なんだ!
そう思った途端、まるで光が射したように目の前が明るくなった。大丈夫、ルルーシュは『いつも通り』だ。何一つ変わりない。
「兄さん!」
ポケットから手を出して、僕は細い首に勢いよく抱きついた。間の抜けた声をあげて、兄さんがソファから転げ落ちる。一瞬沈黙が下りて、居間に二人の笑い声が響いた。
立ち上がって兄さんを助け起こすと、壁の時計が目の端に映った。もうすぐ定期報告の時間だ。僕は機情への報告内容を頭の片隅で思い浮かべる。
――――本日も監視対象に変化はなく、中央への報告事項は特になし。帝国及び軍に対して言及するも、許容の範囲内であり、問題は見られない。引き続き監視を続行する。
笑いを収めると、兄さんは手で埃を払ってソファに座り直した。僕も隣に寄り添って座る。テレビではさっきのバラエティ番組がまだ続いていた。死んだふりをしていたコメディアンが、澄ました女優にしつこく絡んでいる。コメディアンが背を向けた途端、司会者が銃を構えるそぶりをした。バーン、という口まねと共にコメディアンがもんどりうって倒れる・・・また死に真似のようだ。どうやら最近流行りのネタらしい。
「なんだこれ、一体なにが面白いんだ?」
爆笑する会場の人々を見て、兄さんが不可解とばかりに眉を寄せた。
「良かった、僕もそう思ってたんだ!意味が全然わからないよね」
同じ事を考えていたのが嬉しくて、僕は何度も頷いた。兄さんが苦笑しながらテレビのリモコンを手に取る。
「そうだよなあ、あんなのちっとも似ていないのに」
テレビの中で、死んだコメディアンがむくりと起き上がった。
『おれはなんどでもよみがえるのだ!』
コメディアンがオチの台詞を叫んだところで、テレビの画面がふつりと消えた。



10-06-13/thorn