Father, and Mother




「あれかい、ゼロが手こずってる白カブトってのは」
「あっ、はい」
「・・・ふうん」
レジスタンス組織に似合わない、気のよさそうな男が慌てたように背筋を正した。他の団員達も恐る恐るといった様子でこちらを伺っている。それに一瞥もくれず、モニターを睨み付けたままラクシャータは煙管を燻らせた。
黒の騎士団の作戦本部に設置された多数のモニターが、様々な角度から白いナイトメアの動きを映し出している。傍らへちらりと眼を走らせると、馴染みの技術者が頷いて、素早くキーボードに指を走らせた。詳細な解析データがサブモニターに映し出される。
ランドスピナーに装備された特殊ブースト、スラッシュハーケン、ヴァリス、両腕の電磁シールドに加えて、実用化されたMVS――――最新鋭の技術を盛り込めるだけ盛り込んだ、帝国の新型機。
「・・・・・・アイツらしいねえ」
目を細めてラクシャータが小さく呟く。
ゆっくりと吐きだした煙に、女性団員の一人がかすかに眉をひそめた。
「それにしても白カブト、うちの新型相手に粘りますね」
感心したような口調で開発チームの技術者がモニターを仰ぐ。
「デヴァイサーが優秀なのさ」
七対一という圧倒的不利な状況にありながら、白のナイトメアは月下と紅蓮の波状攻撃をどうにか凌いでいる。それは決して機体の性能によるものだけではない。
しかし、とうとう月下の刀剣が白カブトを捉え、コックピット上部を綺麗に削ぎ落とした。モニターにデヴァイサーの姿が大きく映し出される。無惨に晒されたコクピットで顔を上げたのは、鳶色の髪の少年だった。厳しい表情で眼前を見据えている。
「・・・・・・脱出ユニットがないようですが」
「ああ、付けるの忘れたんだろ」
表情も変えず、あっさりと言い放ったラクシャータに技術者が絶句する。ナイトメアの開発に携わる者にとって、脱出ユニットがない事に驚きを感じるのは無理もないことだった。

ナイトメアの基本設計理念は、搭乗者であるデヴァイサーを保護すること、つまり『人を護る』事にある。優秀な搭乗者を危機的状況下から、いち早く脱出させること――――この理念はナイトメア開発の原点として現在も継承されており、基本的にどの機体にも必ず脱出機能が搭載されている。近来の苛酷な戦闘下においても、ナイトメアの搭乗者の生存率は、これまでの戦車兵のそれをはるかに上回っており、その効果のほどが見て取れた。
しかし、脱出ユニットを搭載しなければ、その分、他の機能を組み込む事ができる。
それは開発者にとって危険な誘惑だった。

モニターの中の少年は傷ついたナイトメアを駆り、果敢に月下に攻撃を仕掛けている。その強い眼差しから撤退の意志は感じられず、画面を通してさえ、彼の気迫と信念が伝わってくるようだった。
一方、饒舌に白カブトの弱点を指示していたゼロは、さっきから不自然な沈黙を保っている。それに業を煮やした四聖剣が同時攻撃を仕掛けようとした時、白カブトのスラッシュハーケンが四方に飛び、月下を直撃した。モニターを見つめていた技術者たちの口から、どよめきが起こる。
「月下5番機、稼働率16%低下」
「ほう、ブースターで軌道変更するとは」
「追尾機能は搭載されているのか?」
騒然とする技術チームをよそに、ラクシャータは一人、口元を歪めた。
(ハーケンをさぁ、一度にたーくさん射出したら、どう?ねえ、驚くでしょ?)
聞いただけで力の抜けるような、ふざけた口調の元同僚の声が脳裏に蘇る。
まるでおもちゃのたくさん詰まったビックリ箱のような、彼の、ナイトメア。

自分で設計した機体は自分の子供も同然だ――――そして、子供は親に似る。

「だからいつまでたってもアンタはガキだって言うのさ、ロイド」
「・・・ナイトメア全機、ルート3を使用して帰還します、3隊はバックアップを」
楽しげに呟いたラクシャータの言葉は、緊張を含んだオペレーターの声にかき消され、黒の騎士団が慌ただしく動き出す。
ブリタニア軍のサーチライトをスモークが覆い、レーダー撹乱用のチャフが画面に舞った。モニターの映像が砂嵐に変わる。
最後に一瞬だけ映し出されたのは、きらめく花吹雪の中に立ちすくむ、白のナイトメア。
「やはりまだ武器との連動率が甘い」
「デヴァイサーの反応速度との調整も行うべきでしょうな」
「・・・さあて、これから面白くなりそうだね」
熱心に話し合う技術チームの面々を眺め、ラクシャータはゆっくりと立ち上がった。
自ら生み出した、彼女の、ナイトメアを出迎えるために。


「おかえり、子供達」



07-02-19/thorn