華 麗 な る 午 餐 会




「さあ、なんでも好きなものを頼みなさい」
そう言って男はテーブルの上で両手を広げ、ゆったりと笑った。
周囲のテーブルで談笑しているのは、一目で最高級のものだとわかるスーツを着込んだ紳士と、上品なドレスを纏った見目麗しい女性ばかり。
(さっすが貴族様ってわけですか・・・)
革張りの椅子に腰掛けたリヴァルは、周りを見回して内心で首をすくめる。
――――ぜひ昼食を一緒に
そう言って、賭チェスに負けた男が案内したのは高級レストランの一番奥、全体を見渡す事ができる最上の席であった。
レストランの広々とした空間には、吹き抜けの天井から取り入れた自然光が差し込み、室内に溢れる花々を輝かせている。
中央ではピアノの生演奏が心地よい音楽を奏で、フロアではウェイター達が滑るように動き回り、料理を運んでいく。最高のサービスと最高の贅沢を味わう事ができる、貴族専用の会員制レストラン――――
(こんなとこに制服で来てるのなんて俺達ぐらいのもんだよな)
周りからの視線を感じながら、リヴァルは傍らのウェイターから差し出されたメニューを手に取る。
ずしりと重いそれに気後れしつつ革の表紙をめくると、そこには謎の単語が並んでいた。
サヨリのパヴェとポロ葱のエチュペ、真鯛とオマール海老のバロンティーヌ、蕪とランド産フォアグラのファルシ・・・
名前だけでは一体どんな料理なのか見当もつかないが、隣に記された数字の方はよくわかる。
学食のスペシャルランチの値段にゼロを一つ足し、それをさらに倍にした数字が並んでいる・・・とにかく高いということだ。
「前菜には、ナスとフォアグラのマリネを」
低く、涼しげな声が隣の席から響いた。
綺麗に伸ばされた背筋が凛とした空気を漂わせている。
「それからエンドウ豆のポタージュ、」
少しだけ考え込むように俯くと、長めの前髪がさらりと顔にかかった。
長い睫毛が伏せられ、紫の瞳に影をつくる。
「魚は・・・今日は何が入っていますか」
「本日は旬のメカジキをご用意しておりますので、ポシェをお勧めしておりますが」
「ではそれで」
「それから子羊のローストを頼む。ここの赤ワインソースは絶品だからね」
男の注文に、ウェイターは身を屈めて了承の意を示す。
笑顔を向ける貴族の男に向かって軽く頷くと、彼はメニューから顔を上げてリヴァルを見た。
「リヴァルは?」
「・・・・・・ルルーシュと一緒でいい」
メニューの影に沈み込んで、リヴァルが唸る。
・・・人目を引いているのは制服だから、という理由だけではない。
ルルーシュの華やかな容姿と堂々とした態度の中に溢れる気品が、自然と人々の注目を集めていた。
(こう見ると、ルルーシュって本当に『王子様』っぽいんだけど・・・)
リヴァルはクラスの女子がつけた彼のあだ名を思い出しながら、さらに深く椅子に沈み込む。
当の本人はと言えば、周りの反応を気にする様子もなく、メニューの文字をポーカーフェイスで眺めている。
「お飲物の方はいかがしましょう」
「・・・オレンジジュースを」
「おや」
ルルーシュの注文に、男が面白そうに笑う。
「まだ未成年なものですから」
ルルーシュはメニューの革表紙を閉じると、男に向けて笑顔を作った。
「では、色の付いていない『オレンジジュース』を用意しましょう」
男が無言でウェイターに目配せすると、一礼してウェイターがテーブルを離れる。
すぐに運ばれてきたのは1本の白ワイン。
物々しい扱いに、嫌でも高い物だということがわかる。
熟練のソムリエが透明の液体を丁寧かつ手早くグラスに注ぐと、芳醇な香りがあたりに漂った。
「脱帽して、跪いて飲むべし」
ルルーシュが小さく呟いた言葉に、リヴァルがラベルを確認してぎょっとした顔をする。
バーテンダーのアルバイトで得た知識が正しければ、普通の高級レストランでもなかなかお目にかかる事ができない逸品・・・世界最高峰の白、だ。
貴族が杯を掲げて、恭しく宣った。
「ルルーシュ・ランペルージくんの恐るべき才能と、その輝かしき未来に」
ルルーシュは悠然と微笑むと軽くグラスを掲げた。





「ああ・・・なんかもう腹一杯だな・・・・・・色々と」
アッシュフォード学園のエントランスまで高級車で送迎され、走り去る車を見送りながらリヴァルが言った。
ふん、と鼻を鳴らしてルルーシュが目を細める。
「今日の貴族は変わった奴だったな」
「まあね、いつもは小切手叩きつけられて追い出されるだけだし」
リヴァルは両手を頭の後ろで組み、姿勢を崩したポーズで笑う。
「それにあの人、ずいぶんルルーシュの事、気に入ってたみたいだけど」
「そうか?」
さして気に留めた様子もなく、ルルーシュは首を傾げた。
「そりゃ、あの状態から勝つだなんて誰も思わないし。俺だって感動したよ」
「・・・まあ、小遣いもはずんでくれたし、ご馳走にもなったし・・・いいカモである事は間違いないな」
夕日に照らされているせいなのか、ワインのせいなのか、ルルーシュの頬がほんのりと染まっている。
リヴァルは人好きのする笑みを浮かべてルルーシュの肩を叩いた。
「この時間じゃ授業もとっくに終わってるし・・・今日は解散しますか」
「ああ」
頷いてクラブハウスの方へ歩きだそうとしたルルーシュは、ふと腕時計を覗き込むとリヴァルに向き直った。
「・・・リヴァル、これからまだ時間あるか?」
「え?ああ、大丈夫だけど」
「ちょっと付き合ってほしいところがあるんだが」
「ああ、いいけど、どこに?」
「スーパーのタイムセール」
「・・・・・・はあ?!」
ひどく真面目な顔でルルーシュが頷く。
「今日は5時から卵が安いんだ。『お一人様一点限り』だから、一緒に並んでくれないか?」
レストランでの優美な振る舞いから打って変わって、端正な顔から発せられる所帯じみた発言にリヴァルは言葉を失う。
それに全く気付かない様子でルルーシュは力強く続けた。
「しかも今日はポイント2倍の日なんだ・・・まとめ買いしておかないと」
一人で意気込むルルーシュを前に、ぼんやりとリヴァルは思う。
(チェスしてる時とかレストランにいる時のルルーシュより、こういう方が好きだけどさ、俺は)
「・・・なんだよ」
じっと見つめる視線に気付いたルルーシュが、怪訝な顔でリヴァルを覗き込む。
リヴァルは肩をすくめ、大げさな口調で茶化してみせた。
「・・・ルルーシュってさあ、なんか『庶民派王子さま』って感じだよな」
ルルーシュは軽く目を見開き、その後くすりと笑うと、芝居がかった様子で胸を反らす。
「じゃあ、お供しろよ、リヴァル」
「はいはい、喜んで」
二人は顔を見合わせて笑うと、街に続く大通りを歩き出した。



07-06-03/thorn