PS2/PSPゲーム「LOST COLORS」学園編・ルルーシュルートのパロディです。ネタバレを含みますので、未プレイの方はご注意下さい。



















ヴァージン・ロードを君と




「コスプレ、とは」

周囲に満ちた雑音の中から、よく通る硬質の声が僕の耳に届いた。

「すなわち漫画やゲームの登場人物、または特定の職業における衣装などをまねて変装することを言う」

豊富な知識に裏付けられた言葉が、淡いピンクの唇から蕩々と紡がれていく。

「そしてコスプレ喫茶、とは」

純白の手袋に包まれた、しなやかな指先がそっとティーカップを持ち上げた。

「店員がコスプレをして接客を行う飲食店の事を指す」

遠くを見るかのように、その視線が彼方へと流れる。
物憂げなその表情を見つめながら、僕は素朴な疑問を口にした。

「・・・じゃあなんで店員でもない僕らが、そのコスプレをしてるんだ?」
「知るかッ、そんなことー!!!」

目の前に座っているウェディングドレス姿の『彼』がこちらを見据えて思いっきり、吼えた。
安物のティーカップがソーサーに叩きつけられて、がちゃんと激しい音を立てる。
辺りの喧騒が一瞬だけ途切れた。

「・・・・・・失礼」

自らの振る舞いを恥じるように、うっすらと頬を染めると『彼』は非礼を謝罪した。
普段の立ち居振る舞いはもちろん、こういうところが育ちの良さを感じさせる。
紅茶をすすりながら、僕は改めて目の前の人物を観察した。
銀のティアラと花々のコサージュで飾り付けられた漆黒の髪、顕わになった肩から覗く白い肌。ドレスに包まれた薄い肢体は、少女のような初々しさと艶めかしさを感じさせる。端正な顔立ちは憂いを帯びて、どこか不安げな表情はまさに挙式を案じる花嫁のそれだ。
ティーカップを置いて、僕は小さくため息をついた。
男なら誰もが一度は思い描くような、理想の花嫁――――それが今、ルルーシュ・ランペルージ(性別・男)によって現実のものとなっているのだ・・・『コスプレ』って本当にすごい。
ほとんど空になった僕のカップを引き寄せて、ルルーシュが慣れた手つきでポットの紅茶を注ぐ。甲斐甲斐しい様子がまるで新妻のようで・・・いや、もうこれ以上はやめておこう、男相手につくづく不毛な妄想だ。
外野から突き刺さる羨望の眼差しを極力無視しつつ、僕はぼんやりと今までの出来事を思い起こした。

アッシュフォード学園で暮らすようになって、はや数ヶ月。ここに迷い込んだ時、僕は自分の名前以外、記憶をすべて失っていた。自分が何者なのか、どこから来たのかもわからない・・・そんな素性の知れない僕を、ミレイさんを始め、生徒会のメンバーは『仲間』として快く受け入れてくれた。温かい励ましがどれだけ心の支えになったか・・・みんなにはどれだけ感謝しても足りないぐらいだ。なにか少しでも恩返しがしたくて、僕は学園祭実行委員長の大役を引き受ける事にした。不慣れながらも準備を進めて、今日やっと学園祭当日を迎える事が出来たというわけである。

ミレイさんの計らいで空き時間をもらった僕は、ルルーシュの誘いを受けて一緒に学園祭を見て回る事にした。面倒見のいい彼は、何かと僕を気に掛けて世話を焼いてくれる。普段はクールで無関心を装っているけれど、本当は責任感が強くて家族や友達を大事にする家庭的な人間なのだ。ここで生活するようになって料理からゴミの出し方まで熱心な指導を受けるうちに、僕もだんだんと彼の事を理解するようになっていた。

待ち合わせた僕たちは、特に計画もなくぶらぶらと校内を歩いていた。いつも難しい顔をしているルルーシュもなんだか楽しそうで、ただそれだけでも十分満足だったのだが・・・『コスプレ喫茶』の前を通り掛かったのが運のつきだった。あっという間に女子の集団に捕まって、なぜか僕たちが『コスプレ』をする事になってしまった。疑問は多いのだが、とにかく彼女たちのパワーには逆らえない。
着替えながら聞いた話では、なんでもこの学園ではコスプレイベントが定番だそうで、毎回ルルーシュは大人気なのだそうだ。それはいいのだが、付き合わされるこっちはたまったものじゃない。線が細くて見目麗しいルルーシュはともかく、僕はどちらかというと筋肉質な体型だというのに、スリットの入った大胆なチャイナドレスを着せられている。しかも胸に詰め物までして・・・!到底人に見せられたものじゃない。鏡を見た時は呆然として、このショックで記憶が戻ればいいと思ったのだが、そう上手くはいかなかった。世の中がそんなに甘くない事を実感した瞬間である。
うちひしがれる僕たちを余所に女の子達は大喜びで、『お礼』としてケーキセットを振る舞ってくれた。せっかくだからと、客席の隅で頂いているというわけなのだが――――

「きゃールルーシュくん、かわいいーっ!」
「ねえ二人とも、こっち向いて〜!」

外野から届いた黄色い声に頬を引きつらせつつ、ルルーシュがフォークを手にショートケーキの皿を寄せた。
ケーキの苺を掬い取ろうとした瞬間、今度は野太い叫び声が室内に響き渡る。

「ランペルージ、俺と結婚してくれー!」
「いや俺とだ!」「なんだと」「俺だって」「ランペルージは俺の嫁だ」「やるかこの野郎」

飢えた男子学生達の醜い争いをBGMに、ルルーシュのフォークが勢いよく振り下ろされた。皿にフォークの先端が当たって、がちんと耳障りな音を立てる。クリームで飾り付けられたケーキが無惨に潰れて横たわった。

「・・・このショートケーキ美味しいね、ルルーシュ」
「おまえは!よく冷静に食っていられるな・・・!」

わなわなと身体を震わせながら、ルルーシュが苛立った様子で僕を睨み付ける。宥めようとして口にした言葉は却って彼の神経を逆撫でしたようだ。ルルーシュが顔にかかったヴェールを振り払って、店の内外に溢れるギャラリーを指さした。

「見ろ!この人だかりを・・・完全に見せ物だぞ、俺たちは!」
「・・・でも、ケーキと紅茶はおごりだって言うしさ」
「対価が全然つり合ってないッ!」

音を立てて花嫁が椅子から立ち上がった。何故か片手にはブーケを握っている。ルルーシュは悩ましげに眉を寄せながら、天を仰いで片手を広げた。

「おかしいと思わないのか、おまえは・・・この世界のあり方というものを!」

おおお、と周囲からどよめきが上がって、一斉にカメラのフラッシュが焚かれる。世界ときたか・・・『コスプレ喫茶』から、いきなりすごい所へ話が飛んだ。
しかし携帯カメラの撮影音が響く中で、ポーズをつけたまま微動だにしないところを見ると、ルルーシュも意外とノリノリなんじゃないだろうか。
ティーカップを静かにソーサーに戻して、僕は彼の意見に控えめに同意した。

「まあ確かに僕たちが女装するのはおかしいよな」
「うむ、そうだろう?」
「でもミレイさんが、『みんなを喜ばせるのが生徒会の努めだ』って言ってたから」
「お、おまえ・・・」
「僕は学園祭の実行委員長だからさ・・・正直何をしていいかわからないけど、みんなが喜ぶならいいかな、って。やっぱり盛り上げていきたいんだよね」

ルルーシュの身体がぐらりと傾いだ。なぜか周囲から拍手が巻き起こる。
学園祭を盛り上げるのと僕たちが女装するのは全く関係ないのだが、ここまで囲まれて逃げ出せるはずもない・・・要するに諦めがついただけである。
脱力したように椅子に掛けると、ルルーシュは静かに頷いた。

「・・・わかった。俺もおまえに付き合おう。ただしこのケーキを食べ終わるまでだぞ!」
「うん」

妙な男らしさに感心しながら、僕は手作りのケーキを口に運ぶ。そもそも僕の方がルルーシュの添え物的扱いなのだが、それは彼に言わないでおこう。とにかくこういうものはノリで楽しむ方が勝ちなのだ・・・と思うしかない。
怒り狂っていたルルーシュの様子を窺うと、ちょっと嬉しそうな顔でケーキの苺を食べようとしている。そういえばナナリーが『お兄様は苺がお好きなんです』とか言ってたっけ・・・そう思った瞬間、よく知った声がその場に響き渡った。

「あれっ、二人とも何してるの?」

からんと音を立てて、ルルーシュの手からフォークが滑り落ちた。
真っ赤な苺がごろんと皿に転がる。
ギャラリーの間をぬって現れた人物が、僕たちのテーブルの傍らに立ってニッコリと微笑んだ。

「ス、ス、スザク・・・!?何故ここに!?」
「巨大ピザの準備が一段落したから、学園祭を見て回ってるんだ。なんだかすごい人だかりだったから覗いてみたんだけど・・・」

僕の方を向いたスザクが笑顔のまま、軽く小首を傾げた。

「二人で一緒に回ってたんだ?探しちゃったよ」

・・・一瞬、背中に鳥肌が立ったのはなぜだろう。
なんとなくスザクの目が怖いような・・・いや、気のせいか。そんな僕を見透かしたように、スザクが小さく笑って言った。

「そのチャイナドレス、可愛いね!よく似合ってるよ」
「それはどうも・・・正直言って、褒められてもあんまり嬉しくないけどね」

邪気のないスザクの言葉に、僕は半笑いで言葉を返す。
スザクは苦笑すると、今度はさっきから俯いたままのルルーシュに目を向けた。上から下までじっくりとドレス姿を見つめたかと思うと、おもむろに腰を屈める。ルルーシュの顔を横から覗き込んで・・・そして目を細めて優しく囁いた。

「ルルーシュも、よく似合ってる・・・すごく、綺麗だ」

がしゃん。ごとん。
スザクの囁きに、僕は思わず持っていたフォークを取り落とした。僕への褒め言葉とは段違いに熱がこもっている。周囲のギャラリーも一斉に手にしていたカメラや携帯を取り落とす。一同が息をのんで見守る中、ルルーシュが顔を真っ赤にして立ち上がった。

「う・・・うるさい!何言ってるんだ、おまえはっ・・・着替えてくるからそこをどけ!」
「ちょっ、ルルーシュ危な・・・」
「うわっ!」

いつものように颯爽と歩き去ろうとしたルルーシュが、ドレスに足を取られてバランスを崩す。床に転がるギリギリで、スザクが腕を伸ばしてがっちりと抱き留めた。その場の全員が胸を撫で下ろす中、ルルーシュは首筋まで真っ赤にしてスザクを怒鳴りつける。

「おい、早く手を離せっ!」
「ルルーシュ、ドレスは危ないから気を付けなきゃダメだよ」
「わかってる・・・・・・い、痛っ!」

スザクの手を振り払って立ったルルーシュがふいに顔を顰めた。どうやら転んだ拍子に足を捻ったらしい。我に返った僕は立ち上がって、痛みを堪える彼に声を掛ける。

「大丈夫!?腫れたりしたら大変だし、保健室に行った方がいいよ」
「・・・あ、ああ・・・そうだな・・・」
「じゃあ、僕が背負っていこうか?」

心配そうな顔で提案するスザクを、眦を吊り上げてルルーシュが睨み付けた。

「いらん!自分で歩けるから、肩だけ貸せ!」

ルルーシュは体勢を立て直すと、スザクの片腕に縋って歩き出す。再び転ばないように、僕はヴェールと長いドレスの裾を摘んで後を追った。
並み居るギャラリーが二つに分かれて道を開ける。
ルルーシュの歩みは遅く、一歩一歩、足を引きずるように人々の間を進んでいく。
スザクに寄り添い、俯き加減で神妙に歩むその姿はまるで――――

「まるでヴァージン・ロードだなあ・・・」

ぽつりと呟いた言葉にルルーシュが勢いよく振り向いた。
罵声を浴びせられるかと身構えたが、彼にしては珍しく黙っている・・・どうやら怒りと羞恥のあまり、声も出ないらしい。
ぶるぶると身体を震わせながら、ルルーシュは傍らのスザクの腕を引いた。

「・・・スザク、やっぱり背負っていけ」
「うん、いいけど・・・背負うのは無理だよ、そのドレスじゃ」
「えっ?」

答えも聞かずに、スザクがひょいとルルーシュを横抱きにした・・・いわゆるお姫様だっこの格好である。

「何をするんだっ!」
「何をって・・・保健室に行くんでしょう?」
「やめろっ、今すぐ下ろせ格好悪い!」
「ダメだよ、ルルーシュは歩けないんだから大人しくしなきゃ」
「イヤだ離せこの体力馬鹿ーっ!」

まず服を着替える、という最善の選択肢はどうやら忘却の彼方にあるらしい。周囲が温かく見守る中、ルルーシュの抵抗をものともせずにスザクが力強く歩いてゆく。その背中を見送りながら、僕はふと、この学園の保健室の場所を思い出した。この『コスプレ喫茶』は校舎の端にあり、保健室は向かいの棟の隅に位置している。二人はあの目立つ格好で夫婦漫才を繰り広げながら、ギャラリーを引き連れて学園内を練り歩くのであろう。僕は天を仰いで偉大なる生徒会長の言葉を思い出した。ミレイ会長曰く、我々生徒会メンバーの仕事は、ここを訪れた全員に学園祭を楽しんでもらう事だという・・・そしてもちろん自分たちも。
ルルーシュとスザクの姿がだんだんと遠ざかっていく。花嫁の怒声も・・・なんだか楽しげに聞こえなくもない。きっと彼らなりにこの学園祭を楽しんでいるのだろう・・・そうだ、きっとそうに違いない。
頭からずり落ちたウィッグをむしり取って、僕はぽつりと呟いた。

「どうぞお幸せに・・・!」




ふざけるなあああ、と遠く響いた声はとりあえず聞かなかった事にした。







08-04-15/thorn
08-05-04(revised)/thorn