嘘 つ き 少 年 の 詩




むかしむかしのおはなしです。
ある村に一人の羊飼いの少年が住んでいました。
その少年は村の外れでたった一人、山から恐ろしい狼が下りてこないか見張っていました。
しかし、今まで一度も狼がやってきた事はありません。
毎日が退屈で退屈で仕方ない少年は、ある日突然、村に向かって叫びました。
「狼の群れが来たぞ!」
村人たちはびっくりして武器を片手に家を飛び出しました。
しかし狼の姿はどこにもありません。少年の嘘だったのです。
慌てふためく人々の様子を眺めて大笑いした少年は、それからたびたび嘘をつくようになりました。
「狼の群れが来たぞ!」
もちろんこれも少年の嘘です。
最初は信じて集まった村人たちも、嘘ばかりつく少年に怒って、やがて見向きもしなくなりました。
そんなある日のこと、少年が山を見ると恐ろしい狼が群れをなしてやってくるではありませんか。
少年は村に向かって声の限りに叫びました。
「狼の群れが来たぞ!狼の群れが来たぞ!」
しかし、村人たちは少年がまた嘘をついていると思って誰一人相手にしません。
恐ろしい狼の群れは村へやってきて、大事な羊をあっという間に全部食べてしまいました・・・。






   *   *   *






「・・・おしまい」
膝の上に広げていた本をぱたんと閉じて、古びた畳の上に座り込んでいたルルーシュが顔を上げた。
肩で切りそろえられた艶やかな漆黒の髪がさらりと揺れる。
「最低だな、羊飼いの奴」
土蔵の壁際に積まれた古い木箱に腰掛けて、じっと話を聞いていたスザクが怒ったように言った。
藍染めの袴から覗く踵で軽く木箱を蹴ると、苛立ちを隠せない様子で眉をしかめる。
「そいつが嘘をつかなければ、羊が食われる事はなかったのに」
「・・・そうかな」
ぼろぼろになった本の表紙を手で撫でながら、ルルーシュがぽつりと呟いた。
「村の人たちだって羊飼いだけに頼らないで、ちゃんと狼に備えておけばよかったじゃないか」
「なんだよルルーシュ、じゃあ羊飼いの奴は悪くないって言うのかよ」
ルルーシュの冷めた言葉に、目を吊り上げてスザクが噛み付く。
「別にそういうわけじゃないけど、でも、」
強い光を放つ深翠の瞳を睨み返し、ルルーシュが声を上げて立ち上がった。スザクも木箱から飛び降りる。
いつものように言い争いを始めようとする二人の耳に、小さな声が響いた。
「羊飼いさん、かわいそう」
「・・・ナナリー?」
掴みかからんばかりに睨み合っていたルルーシュとスザクは、粗末な椅子に行儀良く座っている幼い少女を振り返る。
「嘘をつくのはいけないことだけど・・・羊飼いさんは寂しかったんだと思います」
色褪せたスカートをそっと握りしめて、ナナリーは悲しげな表情で小さく首を振った。
「きっと一人ぼっちで、寂しくて、それで嘘を・・・」
言葉を途切れさせ、俯くナナリーに目を留めると、スザクはますます顔をしかめて口を尖らせる。
「寂しかったら嘘ついていいのか?それなら誰か、知り合いでも友達でも作ればいいじゃないか・・・誰もいなけりゃ、俺が友達になってやるよ!」
「えっ、スザクさんが?」
唐突なスザクの言葉に、ナナリーが首を傾げる。その様子にルルーシュが思わず吹き出した。
「きみ・・・物語の、羊飼いの少年と友達に?」
「なんだよっ、例えだろ!?うるさいなあ」
笑いを堪えるルルーシュに、スザクが顔を真っ赤にして食ってかかる。
今度こそ本当に掴みかかろうとするスザクを手で押し止めると、ルルーシュは再び本を手に取り、音を立ててめくってみせた。
「ああ、すまないナナリー、どうやらこの話にはまだ続きがあったみたいだ」
傍らで仏頂面をしているスザクにそっと目配せをすると、ルルーシュは目を閉じて静かに口を開く。
「・・・恐ろしい狼が山へ帰った後、羊飼いの少年はこれまでの自分の行いを反省し、村人たちに心から謝りました。
怒っていた村人たちも真剣に謝る少年を許し、そうして少年にはたくさんの仲間ができました。
恐ろしい狼の群れが再び襲ってきた時も、少年は村人たちと力を合わせて追い返し、仲間の大切さを知りました。
それからというもの、羊飼いの少年は二度と嘘をつくことはなく、村の皆と一緒に仲良く暮らしましたとさ・・・おしまい」
「・・・羊飼いさん、良かった・・・!」
話を聞き終えたナナリーが顔をほころばせて手を叩いた。
「ま、めでたしめでたしってとこだよな」
幼い少女の嬉しそうな様子に、スザクが隣に立つルルーシュを肘でつつく。ルルーシュが照れたように微笑んだ。
「なあ、本もいいけど、天気もいいし外で遊ぼうぜ!」
「うん、行こう!」
スザクの提案に頷いて、ルルーシュがナナリーを抱えて小さな車椅子に座らせる。
後ろにまわったスザクがハンドルを握り、力強く車椅子を押した。ナナリーが明るい笑い声を上げる。
「ようしルルーシュ、競争だ」
「あっ、おい、ちょっと待てよ・・・!」
「おにいさま、早く早く!」
子供たちは無邪気に笑いながら、三人で手を取り合って青空の下へと飛び出した。






   *   *   *






遙か南の孤島――――何者かが造り上げた巨大な遺跡の洞穴に銃声が響き渡る。
全身に漆黒を纏ったその手から、拳銃だけが弾かれて遠くの地表に転がった。
衝撃と屈辱に顔をしかめながら、ルルーシュが空いた右手で胸のサクラダイトを押さえる。
「・・・ルルーシュ、これが最期だ・・・何故、僕に、みんなに嘘をついた?」
震える声を隠そうともせず、ルルーシュに銃口を定めたまま、スザクが苦しげな表情で呻くように言った。
「あれから七年・・・君にだって、この日本で大事な人がたくさん出来ただろう・・・それなのに・・・!」
「・・・『嘘つきだった羊飼いの少年は、村人たちと一緒に仲良く暮らしました』、というやつか?」
喉の奥で笑いながら、ルルーシュがじわりと目を上げた。左目が爛々と輝き、禍々しい血の色に染まっている。
「そうだ、俺とナナリーにあの時話してくれた、」
「・・・そ・・・なんだ・・・」
低い呟きに銃を構えたスザクが眉をしかめた。
「え?」
「・・・あの話は最初から、全部嘘なんだよ、スザク」
可笑しくてたまらないといったように顔を歪めてルルーシュが嗤う。
「狼に食い殺されたのは羊じゃない・・・村人なんだ。羊飼いの少年は山の上に逃げて一人だけ助かった・・・こんな話、ナナリーにはとても聞かせられないだろう?」
堰を切ったように響く高笑いに、スザクの表情が固く凍り付く。
嘲笑を収め、ルルーシュがスザクの目を正面から見返してゆっくりと問い掛けた。
「なあスザク、羊飼いの少年はなぜ嘘をつき続けたんだと思う?」
愕然とした表情で沈黙するスザクに対して、ルルーシュは銃口に怯む様子も見せず、一人朗々と語り続ける。
「みんなが驚くのが面白かったから?一人で寂しかったから?――――どちらも違う」
表情をやわらげて、ルルーシュは鮮やかな微笑みを浮かべた。
「・・・村人たちを殺したかったからだよ。羊飼いの少年は嘘をつき続ければどうなるか、ちゃんと分かっていた。自分を村外れに追いやった奴らに、ずっと復讐してやろうと思っていたんだ」
あまりに壮絶なその笑みに、何か言おうとしたスザクが声を詰まらせる。
ルルーシュは優しげに目を細めると、言葉を失ったスザクを眺めて哀れむように言葉を続けた。
「スザク、羊飼いの少年は本当に悪い奴だと思うか?そいつは実際に人を殺したわけじゃない、ただ嘘をついただけだ・・・単なる『子供の嘘』だよ。村人はそれを勝手に信じて裏切られたと怒り、今度は本当の言葉に耳を貸さず、狼に食われて死んだ・・・」
愚かな、と穏やかな声が響いた。
慈悲深さすら滲むその声に、スザクの目が再び厳しさを取り戻す。
「・・・愚かなのは、君だ」
怒気をはらんだ低い声がスザクの口から漏れた。今度はルルーシュが顔を引きつらせる。
「一人きりで生き延びたって、いずれ恐ろしい狼の群れに喰い殺されてしまうのに・・・!」
「フン、おまえはブリタニアの威光を借りて狼気取りというわけか・・・馬鹿めが!」
今までの余裕ある態度をかなぐり捨てて、ルルーシュがスザクを怒鳴りつけた。
足丈まである黒のマントを翻すと、胸に括り付けた爆薬を誇示するかのように見せつける。
「俺を撃ってみろ・・・この胸のサクラダイトが爆発すれば、ここだけじゃない・・・租界のあちこちに仕掛けた爆弾も起動する仕組みになっている」
「・・・嘘だ」
「嘘だと思うなら、試してみればいいだろう?」
スザクが眉をひそめた一瞬の隙をついて、ルルーシュの左手が動いた。
マントの影から現れた手には、小ぶりの拳銃が握られている。
「これでまた対等だな、スザク」
「対等?」
スザクは冷たい目でルルーシュを見据え、嫌悪感を顕わに呟いた。ルルーシュを狙う銃口は、もう欠片も震えていない。
「きみは・・・貴様は、いつも嘘ばかりついて人を惑わし、人を裏切る事を何とも思っていない・・・」
「何とでも言うがいいさ、おまえの上っ面の正義はもう飽き飽きだ」
互いの言葉に憤怒の形相を深め、ルルーシュとスザクは純然たる憎しみをこめて向かい合う。
相手の心臓を撃ち抜くために銃口を定め、引き金を引く指に迷いなく力をこめた。
「さあ、そろそろ物語を終わらせようじゃないか」
「ああ、これで本当に・・・終わりだ」


そして、最期の銃声が響いた。



07-09-25/thorn