I  k n o w ( 私 は 知 っ て い る )




時々考えることがある。もし私が『普通の女の子』だったら、今頃どんな風に過ごしていたんだろう。毎日当たり前のように学校へ通って、放課後は部活に打ち込み、たまには友達と寄り道して、流行りのファッションや気になる男の子の話題で盛り上がる――――そんなありふれた高校生活を送っていたのかもしれない。

本当は、私にはそんな生活を『選ぶ』ことが出来たし、母もそれを望んでいた。でも、私は知っている。何事もなく過ぎる、この平和で豊かな毎日はブリタニア人だけに約束されたものなのだと。そして、それが弱者からの搾取と多くの犠牲の上に成り立っているものなのだと――――そう、私はその痛みを知っている。

母と兄と三人で暮らした小さな家も、通っていた小学校も、お気に入りの駄菓子屋も、みんな戦争で焼き払われた。優しかった近所のおじさんも、隣町に住んでいた友達も、生まれたばかりの赤ちゃんも、みんな命を奪われた。一体私たちが何をしたというんだろう。ただ普通に、つつましく暮らしていただけなのに。理不尽に降りかかった火の粉を払う術も持たず、幼い私はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

「忘れなさい、カレン」

兄が死んで、母はそう言って私をブリタニア人の父の元へ送った。憎しみも悲しみも全て忘れて、あなただけは幸せになりなさい。私は母を誤解していたけれど、母は母で、もうそれしか私を守る術がないと思ったのだろう。でも私は知っている。燃え盛る炎の色、むせかえるような血の匂い、唸りを上げて迫り来るナイトメア、恐怖に泣き叫ぶ人々と、それを虫ケラと嘲笑う兵士たちの声・・・全てがこの身に刻まれている。何も知らないふりをして一人で幸せになるなんて、そんな事できるはずないのだ。だから私は――――

「カレンさんどうしたの、大丈夫?」

気が付くと、前の席に座ってるクラスメイトが心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「え?・・・ええ、大丈夫よ」
「ああ良かった!授業が終わっても動かないから、具合が悪いのかと思って」

ぼんやりとした頭で答えると、彼女は安心したようにウンウンと頷く。考え事をしているうちに、どうやら休み時間に突入していたらしい。彼女は病弱という『設定』の私を心配して、わざわざ声を掛けてくれたのだ。名前は何と言っただろう・・・エリーだったか、エレインだったか・・・学校に来るのは随分久々なので、すっかり忘れてしまった。確か、どこぞの貴族のお嬢様だったと思う。私も『名門貴族の娘』という事になっているけれど。私がそんな風に思っている事も知らず、彼女はにこやかに話し掛けてきた。

「カレンさん、学校に来るの本当に久しぶりよね」
「うん・・・今日はとても具合がいいの」

弱々しく見えるように小声で答えると、彼女はいい事を思いついたと言わんばかりにパチンと両手を合わせる。

「ねえ、じゃあ今日はちょっと寄り道して帰らない?」
「えっ?」

ふいの誘いに首を傾げると、彼女は少し身を乗り出した。

「今日の放課後、みんなで新しく出来たカフェに行くの。カレンさんとも、ぜひご一緒したいと思って・・・どうかしら。ねえ、」
「それはいいわね」
「一緒に行きましょうよ!」

周囲から次々に賛同の声が上がる。いつの間にか、机の周りを数人のクラスメイトが取り囲んでいた。見回せば全員が期待するような目でこちらを見ている。みんなの視線を流して、私は曖昧に微笑んだ。

「カフェ?」
「ええ、テレビや雑誌で最近よく取り上げられてる『アンブロジウス』ってお店よ。ターミナル前に出来たの。今すっごく話題じゃない?」
「・・・ごめんなさい、知らないわ」

私の答えを聞いて、女の子達はビックリしたように顔を見合わせる。新しいもの好きの彼女達にとって、そのカフェを知らないなんて信じられないことなのだろう。でも、この子たちは知っているのだろうか。ターミナルが出来る前、かつてその場所には私たちの家があったことを。そこで大勢の人が死んで、ゴミのように積まれていたことを。

「仕方ないわよ、カレンさんはずっと入院していたんですもの」

クラスメイトの一人が私をなぐさめるように言った。すると他の女の子達も一斉に同情の言葉を寄せる。

「そうね、カレンさんは身体が弱いものね」
「入院中は一人で退屈だったでしょう?」
「私たち、お見舞いに行ければ良かったんだけど、」
「・・・ありがとう、皆さん」

精一杯の笑顔を浮かべて私はみんなに礼を言った。彼女達はとても優しい。『病弱』な私のことを心配して、気を遣って遊びに誘ってくれる――――でも、それは私のことを何も知らないからだ。本当の私はブリタニア人が忌み嫌うイレブンとのハーフで、日本開放のためにレジスタンス活動に参加している。もしそれを知ったら、皆どんな顔をするんだろう。本当の私を知っても、今と同じように温かく接してもらえるんだろうか。そう思ったら、私は唐突に自分の素性をさらけ出したい気持ちに駆られた。

「ねえ、みんな・・・私ね、」
「・・・カレン!」

鋭い呼び掛けに、全員が声の方を振り返る。鞄を手に立っていたのは、クラスメイトのルルーシュ・ランペルージだった。彼の姿を認めて、周りの女の子が小さな悲鳴を上げる。容姿端麗なルルーシュは、アッシュフォード学園の女生徒の中でとても人気があるのだ。私はゆっくりとルルーシュの方を向き直った。

「・・・なにかしら、ルルーシュくん」
「今日の放課後、生徒会室に集まってくれ」
「生徒会室に?」
「ああ。重要な企画会議だから、会長が絶対来てほしいと言ってた」
「そう、わかったわ」

頷いてみせると、ルルーシュは教室から風のように姿を消す。その背中を追って、女の子たちが悩ましげな溜息をついた。私には彼女たちがルルーシュに憧れる気持ちが全くわからない。確かに顔は整っているけれど、インテリぶって理論ばかりを振りかざす嫌な奴だ。周囲がルルーシュの話題で盛り上がるうち、一人が意味ありげな口振りで私を覗き込んだ。

「ねえ、ルルーシュくんって、最近よくカレンさんの事を見てるわよね」
「そうそう、授業中とか」
「うそ、それってひょっとしてぇ・・・」
「そんな事ないわ、気のせいよ」

嬉々として騒ぐクラスメイトに向かって、私はきっぱりと言い捨てた。女の子達が驚いたように顔を見合わせる。私は取り繕うように笑顔を作った。そんな事はあり得ない・・・でも、もし彼女の言っている事が本当だとしたら、ルルーシュは私が公園で殴った事をよほど根に持っているのだろう。あの時は自分の『設定』も忘れて、思い切り頬を叩いてしまった。目の前で行われている理不尽な行いに、まるで動こうとしない・・・そんな彼に対して、なんだか裏切られた気分になってしまったのだ。ブリタニアの現状を語る瞳は真剣で、私と同じ『哀しい痛み』を知っているように見えたのに・・・それは単なる私のかいかぶりだった。

「それはそうと、カレンさん、今日の放課後は生徒会の集まりがあるのね」
「じゃあカフェは・・・」
「ええ、ごめんなさい」

内心でホッとしながら、私は謝罪の言葉を口にする。

「皆さんとご一緒出来なくて、とても残念だわ・・・でも、また誘ってくださいね」

――――私が『ブリタニアの平和』を壊してしまわないうちに。

私がにっこりと微笑むと、みんなが笑顔で頷いた。頭上で4時限目を知らせるチャイムが鳴り響いた。



09-05-16/thorn