ことばでは うまくつたえられないけれど
きみにとどけたい こころにひめたおもい
このうたに のせて



キラキラと弾けるようなメロディと、甘酸っぱい恋の気持ち――――可愛らしい乙女心を歌ったラブソングがカラオケボックスの小さな部屋いっぱいに響き渡る。軽快に流れる間奏を聴きながら、スザクはそっとため息をついた。





ラ ブ ソ ン グ を 聴 か せ て





であったときの いんしょうは さいあく
かおをみれば いつだって
けんかばかりしてた ふたり



聞き慣れた歌でも、歌詞を文字で読んでみれば何だか気恥ずかしいものだ。ぼんやりとそんなことを考えながら、スザクはテーブルに置かれたグラスを手に取った。残り3センチのオレンジジュースをストローで一気に吸い込んで、音を立てないようにテーブルへと戻す。この歌は、今ブリタニアで人気ナンバーワンと言われている女性アイドルグループのデビュー曲だ。作詞・作曲はこれまで数々のヒットを生み出してきた敏腕プロデューサーだという。大ヒットした昨年末はラジオや街角でひっきりなしに流れていたので、流行に疎いスザクですら歌を覚えてしまった。耳に残るキャッチーなメロディもさることながら、この曲が流行った理由は他にもある。


でも はなれてから はじめてわかった
きみの おこったかお ないたかお わらったかお
みんな わたしの たからもの



太文字で浮かび上がる歌詞の背景では、水着姿のアイドルが砂浜を走り回っている。楽しげな笑顔から目を逸らして、スザクはちらりと壁の時計を見遣った。自分たちがこのカラオケ店に入店してからそろそろ一時間になる。もうすぐ延長の有無を尋ねる電話がかかってくるはずだ。スザクは壁にかかった電話をじっとりと睨み付けた。勝負は一瞬・・・先に受話器を取った方がイニシアチブを取るのは必然だ。しかし電話までの距離と座った体勢から言って、圧倒的に不利な状況ではある。相手は立ったままで、電話はすぐその脇だ。反射神経に自信はあるが、この狭い室内でそれを十分に発揮することが出来るか・・・というか、そこまでして必死に電話を取る必要があるのかどうか。慣れない『作戦』の立案に、スザクは軽く頭痛を覚えた。


こうして まためぐりあえた きせき
こんどこそ きみにつたえるよ 
ずっと ずっと まえから
きみのこと だれよりも――――



曲のサビに差し掛かった瞬間、タイミングよく電話が鳴り出した。スザクが腰を浮かせるよりも先に、伸びた手が素早く壁に掛かった受話器を取り上げる。まれにない俊敏な動きにスザクは目を瞠った。流れる曲の音量に負けず、電話口から店員の声が漏れ聞こえてくる。

「はい?・・・ああ延長か、もちろんだ!それからウーロン茶を頼む。それとオレンジジュースも、」

何の迷いもない応答に、スザクはガックリと肩を落とす。手短に注文を告げ、しなやかな指が受話器をフックを戻したところで、ちょうど曲が終わった。映像が切り替わり、『採点中』の文字が中央で点滅する――――室内に緊張が走った。

「・・・くっ・・・なんだと・・・!?」

画面に浮かんだ『42点』という表示に、絶望に満ちた声が上がる。気の抜けた効果音と共にキャラクターが表れ、点数の脇で飄々と肩をすくめた。画面の左端から『次の曲を入力して下さい』というメッセージが流れては消えていく。

「やはり今の中断が響いたか・・・おいスザク、もう一度いまの曲だっ!」
「・・・まだカラオケ続けるの、ルルーシュ・・・」

半ば諦めつつも問い掛けると、マイクを握りしめたルルーシュがスザクの鼻先にびしりと指を突き付けた。

「おまえ、まさかこのまま勝ち逃げするっていうのか?!」
「・・・はいはい、」

スピーカーから響く怒声に片耳を塞いで、スザクはリモコンで同じ曲をセットする。7桁の番号はすっかり暗唱済みだ。もう何度目になるのか、さすがに聞き飽きたイントロが頭上から流れてくる。

「見ていろ、今度こそおまえ以上の点数を叩き出してやる!」

決めのポーズをつけて宣言すると、ルルーシュはカラオケ画面に向き直った。真剣な横顔を見ながら、スザクは再び深いため息をつく。せっかく一緒に過ごしているというのに、ルルーシュはすっかりカラオケの採点機能に夢中だ。こんなはずじゃなかったんだけど、と口の中で呟いて、スザクはソファにもたれて天を仰いだ。放課後、二人で街へ遊びに出ることなど滅多にないのだが、今日はスザクの非番と生徒会活動のオフ、ナナリーの定期検診が重なって珍しく時間が出来た。カラオケ店に入ったのは、租界の店では名誉ブリタニア人の存在が目立つから・・・というのは表向きの口実で、スザクとしては二人きりになれる所だったらどこでも良いと思っていた。いつも多くの人に囲まれているルルーシュを、たまには独り占めしてみたかったのだ。
カラオケは初めてというルルーシュは、最初は物珍しそうにしていたものの、すぐ飽きてしまったように見えた。戯れに付けてみた採点機能・・・思えばこれが失敗だったとスザクは思う。

「試しに僕が歌ってみようか、」

そう言って適当に選んだのが、カラオケランキングのトップに入っていたこの曲だ。何気なく歌ったスザクの点数は『97点』。知っている歌が少ないからと、同じ曲を歌ったルルーシュは『56点』という散々な結果になった。その時のルルーシュの悔しそうな顔・・・スザクは瞬時に子供の頃の出来事を思い出した。

「もう一度だっ!」

どんなに自分が不利でも、どんなに相手が強くても、決して逃げずに挑み続ける・・・ルルーシュの負けず嫌いな性格をスザクはよく知っていた。なぜなら子供の頃は、主にその相手が自分だったからだ。腕力でねじ伏せても、何度も立ち向かってきたルルーシュに根負けした事もある。思えば、ルルーシュとは『友達』というより、よき『ライバル』という関係だった。それが淡い想いに変化したのは一体いつの事だったろうか。空のグラスに刺さったストローをくわえて、スザクは遠く思い出に浸った。


ほんとうは ずっとまえから きづいてた
このむねの どきどきは きっと きみのせい
わざと しらんぷりしてたけど
いつだって きみのこと かんがえてた



いじらしい恋の歌だというのに、相変わらずルルーシュの声は固い。まるで仇のように画面を睨み付けながら、音程を外さないように慎重に歌っている。恐らくルルーシュの事だから、そうすることが点数アップに繋がると計算しての事だろう。スザクは頬杖をついて、必死に歌詞を追う紫の瞳を眺めた。昨年末、この歌が女の子たちの間で話題になったのは、カラオケを通じて気になる人に想いを告げるという――――いわゆる『告白ソング』だったからである。歌詞の内容からみれば明らかではあるが、スザクを負かそうと躍起になっているルルーシュが気付くはずもない。好きな相手から、その気もない告白ソングを延々と聴かされるというのは相当虚しいものがある。
三度目のため息を合図に、戸口をノックする音が響いた。立ち上がったスザクが店員からジュースを受け取ると、背後からいつもの効果音が聞こえてくる。

「なっ・・・たった8点しか上がらないだと・・・!?」

店員が空気を察して、さっと首を引っ込めた。振り向けばマイクを握り締めた手が、ブルブルと震えている。ますます眉間のしわを深くして、画面を睨み付けながらルルーシュが唸った。

「音程については初回よりも正確に歌えているばずだ。呼吸法も意識して発声している・・・まさかビブラートのような技術が必要だというのか?・・・いやしかし、こんなカラオケ機器でそこまでの機能は・・・」
「・・・全然気付いてくれないんだもんなあ、」

2杯目のオレンジジュースに口をつけて、スザクがぽつんと呟いた。ルルーシュの洞察力は素晴らしいと思うのだが、それだけの注意をどうか自分にも向けてほしい。するとルルーシュがすっと目を細めて、ソファに腰を下ろすスザクをゆっくりと振り返った。

「・・・なんだと?スザク、今なんて言った?」
「あ、いや・・・その、それは、」

あわてて言い繕おうとするが、耳聡いルルーシュをごまかせるわけもない。仁王立ちの親友を上目遣いに見上げて、スザクは引きつった笑みを浮かべた。ルルーシュは両腕を組んだまま、厳しい表情で詰問する。

「何が気付かないって?点数を上げる秘訣でもあるっていうのか。さあ、はっきり言え」

ルルーシュがこだわるのはやっぱり『点数』・・・そこまで自分に勝ちたいというのだろうか。すっかり投げやりな気持ちになって、スザクは紫紺の瞳を斜めに見上げた。

「うん・・・だからさ、もっと素直に歌えばいいんじゃないの?」
「あ?」
「心を込めて丁寧に歌ったら、別にそれでいいと思うよ。聴いている人がいい歌だなって思ったら、それでいいじゃない。点数なんて聴いている人次第だよ」
「・・・・・・わかった」

しばしの逡巡の後、ルルーシュが真面目な顔でこくりと頷く。急に大人しくなった態度を不思議に思いながら、チャンスとばかりにスザクがソファから腰を浮かす。

「じゃあ、そろそろカラオケは切り上げて他の所に、」
「もう一度、」

スザクの台詞もそこそこに、ルルーシュがテーブルのリモコンを手に取った。細い指先が曲番号を手慣れた様子で入力する。真っ直ぐに姿勢を正すと、ルルーシュは戸惑うスザクに正面から向き直った。

「最後にもう一度だけ、歌うから。ちゃんと聞いていけ」
「・・・え?」

何か言いたげな視線に首を傾げつつ、スザクが再び腰を落ち着ける。何度も繰り返し聞いた短い前奏が終わって、ルルーシュがマイクを口元に掲げる。薄い唇がふわりと開いて、軽やかな歌声が流れ出した。


ことばでは うまくつたえられないけれど
きみにとどけたい こころにひめたおもい
このうたに のせて



さっきとまるで同じ曲だというのに、耳に届くメロディは伸びやかでとても優しい。スザクは飲みかけのオレンジジュースを手にしたまま、ぽかんとルルーシュの顔を眺めた。普段は貫くように鋭い光を放つ紫紺の瞳が、柔らかく潤んでこちらを見つめている。軽快なリズムと共に、スザクの動悸が早くなった。


きっと きみは わらうだろうね
たちのわるい じょうだんだろうって
だけどもう ともだちでは いられない
わたしのことだけ みていてほしいから



呆然と見つめるスザクから視線を逸らすと、ルルーシュは長い睫毛を震わせて、恥ずかしそうに目を伏せる。俯き加減の白い頬にほんのりと赤みがさして、少しだけ声が小さくなった。切なく儚げな微笑みがスザクの胸を刺す。


こうして ここでめぐりあえた きせき
こんどこそ きみにつたえるよ 
ずっと ずっと まえから
きみのこと だれよりも――――



「だれよりも・・・す き、だって」

耳まで朱に染めて、囁くようにルルーシュが歌い終えた。グラスを持ったまま固まっているスザクに、ルルーシュがためらいがちに尋ねる。

「・・・・・・今度は・・・どう、だ?」
「ああ・・・」

テーブルにグラスを戻すと、スザクは手で額を覆って深く息を吐き出す。低い唸り声に、ルルーシュの表情が不安げに曇った。低いテーブルをひと跨ぎすると、スザクは揺れる瞳を間近から覗き込んだ。

「・・・ごめん、これはもう点数つけられない。100点どころじゃないよ・・・完全にきみの勝ち!」

そう言って、スザクは細い身体をぎゅっと抱きしめる。ルルーシュが真っ赤な顔で胸にしがみついてきた。触れた所からじわりと温かさ伝わってくる。マイクを持ったままの手が少し震えているのを見て、スザクは自分の事を本当に馬鹿だと思った。何も気付いていなかったのは自分の方だったのだ。負けず嫌いで意地っ張りの性格はよく知っているはずだったのに。

「ねえ、今のちゃんと採点できなかったからさ・・・もう一度歌って?」
「ばっ、バカ・・・もう二度と歌うか・・・っ!」

腕の中で暴れるルルーシュを片手で押さえ込んで、スザクはリモコンを掬い上げる。今度は自分が彼のために歌う番だ。これから何十回でも、何百回でも、ルルーシュに負けないくらい、歌に心を込めて――――



09-07-21/thorn