頭上に昇った太陽が舗装された道の表面を焦がしていく。風はすっかり凪いで、足下からも熱気が上がってくるかのようだった。照り付ける日差しの下、軍服の襟元をきっちりと首元まで締めた青年は、警備員の敬礼に目礼を返して霊園のゲートをくぐる。軍の共同墓地には青々とした芝生が広がり、四角いステンレス製のプレートが地表に整然と並んでいた。遙か彼方まで続くその光景を見渡すと、青年は手に持った花束を抱え直し、俯き加減に歩き出す。夏の強い日差しが真新しいプレートに反射して彼の目を射した。広大な敷地を歩き続けて一つのプレートの前に立つと、青年はポケットから取り出したメモを確認する。No.3557926、そして一組の男女の名前。銀板には戦いに殉じた者たちの名と識別番号だけが刻まれていた。青年は跪いて墓標の前に花束を供え、そのまま目を閉じて祈りを捧げる。瞼の裏にうっすらと浮かぶ両親の面影。しかし、顔はおぼろげで像を結ばない。青年のこめかみを一筋の汗が伝う。遠方への出征が多かった両親はいつも家を空けていて、一緒に過ごしたという思い出はほとんどなかった。やがて青年はうっすらと目を開けると、口元に儚い笑みを浮かべる。自分はまだ幸せな方なのだ・・・『両親がいた』という記憶があるのだから。
ふと、プレートを照らす太陽が遮られ、青年の隣に影が並んだ。軍服に身を包んだ大男は巨躯を折り曲げて墓の前に花を供えると、じっとプレートの文字を見詰める。
「・・・ダールトン卿!」
「坊主、今はプライベートだ。いつも通りで構わんぞ」
常日頃の近寄りがたい雰囲気を和らげて笑うと、ダールトンは静かに立ち上がる。『坊主』という呼び名に苦笑すると、青年は顔を引き締めて男に向き直った。
「覚えていて下さったのですね。父母の命日を」
「ああ・・・二人とも勇敢な騎士だった。俺の自慢の部下だったよ」
ダールトンは銀板を見つめたまま、懐かしげに目を細める。
「おしどり夫婦で有名でな、口を開けば二人して延々とおまえの自慢話だ。あれにはかなり辟易したぞ」
見知らぬ両親の姿に、青年は照れたように笑った。顔の傷を歪ませ、その笑顔を優しい眼差しで見つめながら、勇猛果敢で知られるブリタニアの将軍は静かに呟く。
「ブリタニアの元に世界を統一して戦争を終わらせる、そうすればあの子は戦わずに平和に暮らせる・・・あいつらはいつもそう言っていたよ。だが俺はおまえを・・・」
「父さん、僕は父さんに感謝しています」
青年は姿勢を正すと胸に手をあて、ごく自然に軍式の報告姿勢を取った。強く純粋な意思を持った瞳が真っ直ぐにダールトンを貫く。
「あなたは身寄りのない僕を引き取って、騎士として厳しく育てて下さった。おかげで今、グラストンナイツの一員として皇家の方々にお仕えする事ができるのです」
大地に埋め込まれた銀のプレートに目を移し、青年は続ける。 「それに、今は僕を置いて戦いに赴いた父と母の気持ちがよくわかる・・・祖国の為に戦い、そして死ぬことが、軍人として一番の誇りです」
「そうだな。神聖ブリタニア帝国のため、我らが皇帝陛下のため、己が身を捧げよ――――軍を率いる将として、俺は常にそういった命令を下してきた」
毅然として頷いた青年を見遣ると、歴戦の勇士は唇を歪め、ゆっくりとかぶりを振った。
「・・・だが、おまえは死ぬな。生きてブリタニアに尽くせ。それが俺の・・・『親』としての願いだ」
「・・・父さん、」
「生きて親孝行してもらわんとな、こちらとしても割が合わんのだ」
ダールトンは軽く笑うと、片手で軍服の襟元を緩めた。青年が何かを言いかけて止める。代わりに額の汗を拭って息を付いた。
「よし、今日は帰って皆で一杯やるとするか。他の坊主共もこちらに戻って来ているんだろう?」
「はい、兄弟全員、元気で帰ってきました。久々の本国ですからね、父さんに会えるのを楽しみにしていたんですよ」
「ではまず冷たいビールで乾杯だな。うむ、姫様から頂いた上等なワインも開けよう」
「飲み過ぎはお体に障ります」
「なに、固いことを言うな。それに、おまえたちにはまだまだ負けんさ」
大きな手で青年の肩を叩き、ダールトンは豪快に笑った。青年がはにかんだように微笑む。二人は墓標に敬礼すると、連れ立って元来た道を辿った。真夏の伸びきった芝生から草いきれが匂い立つ。吹き抜けた一陣の涼風に、名もなき小さな白い花がふわりと揺れた。
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