goodbye, my friend




いつかきっとこんな日が来るんだろうと思っていた。
予感はあったのだ、ずっと。
互いに見て見ぬ振りをしていただけで。




遠く低く、轟音が響く。あちこちで立ち上る黒煙。
爆煙の向こうに霞んで見えたのは黒の騎士団のナイトメア。
頭部に般若を思わせる角――――あれは、ゼロだ。
スザクはだた一機、彼を追い立てるため、ランスロットを駆った。
ゼロに付き従う、厄介な赤の新型機は親衛隊が相手をしている。ランスロット並の機動力といえど、グロースター2機を相手にしては分が悪いだろう。
今なら、ゼロを。

ナイトメアの右腕を失いつつも、ゼロはよく抵抗を続けていた。
残った片腕でアサルトライフルを駆使し、廃ビルを崩して追撃を防ぎながら、徐々に後退していく。
引き際の見極めは敵ながら見事だった。さすがゼロと言うべきか。
――――だが、遅い。
スザクはゼロの眼前に回り込み、スラッシュハーケンを繰り出して、彼のナイトメアから残った左腕を削ぎ落とした。
次は、脚だ。
瞬間、耳障りなアラート音がエナジーフィラーの枯渇を告げる。
大丈夫、あと10秒持てばいい。
特派トレーラーにつながる通信はとっくに切っている。
稼働時間の限界から帰還命令は出ていたものの、どうしてもゼロと、もう一度話す機会が欲しかった。
吹き飛んだ腕の残骸を眼前ではじき、スザクは一気に間合いを詰めた。
体当たりでバランスを崩す。
両腕を失ったゼロの機体はビルの残骸に叩きつけられ、沈黙した。
結果のみを追い求めるゼロのやり方に、スザクはいつも言いしれぬ苛立ちのようなものを感じていた。常に一人先頭に立ち、自らを顧みず危険な作戦を展開する姿が、誰かを彷彿とさせるのだ。
エナジーフィラーの尽きたランスロットを停止させ、ハッチを開けて地表に飛び降りる。
目前に立つのは、ゼロ。
いや、彼は。


半壊した無頼のコクピットから降り立ったルルーシュは、酷くひびの入った仮面を脱ぎ去り、無造作に投げ捨てた。
乾いた音を立てて転がるそれに目もくれず、こめかみから滴る雫を手で拭う。
滲む鮮血。軋む骨。だが不思議と痛みはない。
息苦しさに顔をしかめ、口元を覆うマスクを取り去ると血と埃の匂いが鼻についた。その鼻先をかすめるようにして、あの白いナイトメアが滑り込んでくる。巻き起こる強風。漆黒のマントが大きく煽られたが、ルルーシュは身じろぎもせず白い機体を見据える。
綿密な作戦を幾度となく潰され、自らも完膚無きまでに叩きのめされた。
憎んで余りある帝国の新型ナイトメア。
化け物じみたその能力に戦慄を覚えつつ―――美しい、と思う。
迷うことなく敵機を粉砕する、その姿は戦場に降り立つ純白の鬼神。
伝わってくる純粋で真っ直ぐな怒りには、奇妙な懐かしささえ覚え、そして「パイロット風情」と蔑んでいたはずの搭乗者に興味が沸いた。
何故なら、それは。


主君にかしずくかのように膝をついたナイトメアから、パイロットが降り立つ。
ゆっくりと歩み出たのは、日を受けて輝く栗色の髪。
迎えるのは、闇を映した紫紺の瞳。
相対した二人は、穏やかな心持ちで互いの名を呼ぶ。

「スザク」
「ルルーシュ、」

変わらない、温かな声音。懐かしい響き。

「無事、だったんだ」
「ああ」
「よかった」

安堵したようにスザクは呟く。
ルルーシュは呆れたように目を細め、そして大仰なため息をついてみせる。

「・・・やっぱりお前は強いな」
「そうだよ、昔から運動は僕の方が得意だった」
「知ってる、この体力バカが」

瓦礫の山の中での、まるで場違いな軽口。
それは、最後の抵抗だった。
予感はあったのだ、ずっと―――互いに見て見ぬ振りをしていただけで。

『俺と一緒に来い、スザク』
『僕と一緒に帰ろう、ルルーシュ』

あれが、もし、彼だったら。
温め続けた言葉は、紡がれることなく虚空へ消えていく。
それに彼が何と答えるか、誰よりよく知っている。
そして、彼の願いも。


『君だけは、どうか幸せに』


だからこそ、彼と、彼の日常を守りたかった。
自分を傷つけて、他人を守ろうとする彼を、この自分が。
大きな望みなどなかった。ただ、笑っていてほしかっただけ。
この自分の分まで。

いつかきっとこんな日が来るんだろうと思っていた。
予感はあったのだ、ずっと―――そして、すべてが確信に変わっていく。
彼の為に出来る事は、ただ一つ。
だから、今日は。


「さよなら、スザク」
ルルーシュは笑った。

「さよなら、ルルーシュ」
スザクも笑った。


もう涙を流すことすら許されない。
だから彼の笑顔を忘れずにいよう。

次に相対する時は、

君を、

お前を、



この手で。



06-12-06/thorn