記念すべき第一回の世界会議は、人々の熱狂をもって迎えられた。悪逆の限りをつくした皇帝ルルーシュは英雄ゼロによって誅され、世界は平和を取り戻したのだ。各国の代表が誇らしげな様子で席につき、何十台ものカメラがその晴れ晴れとした表情を捉えていた。
「今日ここに世界会議を開催出来た事を、心から嬉しく思います」
中央に立つ議長――――日本国代表・皇神楽耶が、ひな壇に並んだ顔を一つずつ見渡して言った。年若い少女でありながら、議長の大役に相応しく、実に堂々とした態度である。
「それでは第一回会議の最初の議題として、議長のわたくしから世界平和憲章の締結を提議致します。既に内容は御覧頂いているものと思いますが、これは各国固有の重武装及び大量破壊兵器の永久放棄をうたったものです」
神楽耶の背後に浮かぶ大スクリーンに平和憲章の概略が映し出された。加盟各国は固有の武力を放棄する代わりに共同武装組織を管理し、議会の決議において発動する権限を持つ――――世界平和憲章はかつての超合衆国における自衛システムを正式に採用し、改めて宣言したものであった。内容はほぼ合集国憲章第17条を踏襲しており、以前と異なる点と言えば、解散した『黒の騎士団』に代わって、加盟各国から募った隊員による『世界平和維持部隊』が安全保障にあたるとした程度である・・・・・・それだけ『ゼロ』が考案したシステムには隙がなかった。
「長い間、わたくし達は互いに争い、多くの血を流してきました」
広々とした議会ホールに少女の声が響き渡る。
「相手に勝つために、そして支配する為に大きな力を求め、ついにフレイヤのような恐ろしい大量破壊兵器を生み出してしまったのです」
その言葉に、会場の誰もが沈痛な表情で目を伏せた。フレイヤの恐怖は、未だ多くの人々に消えない傷跡を残しているのだ。神楽耶は息をつくと、顔を上げて真っ直ぐに前を見据えた。
「争いは新たな恨みと憎しみを生み出し、さらなる争いを呼ぶ・・・・・・今こそ我々はこの輪を断ち切らねばなりません。この世界平和憲章は互いの違いを認め、それぞれが手を取り合い、異なる意見には話し合いによって解決することを定めたものです。わたくしはこの憲章が忌まわしい争いの輪を断ち切るものと信じています。ご賛同いただけるならば、どうぞ賛成ボタンを押して下さい」
神楽耶の呼び掛けに答えるように、すぐさま大スクリーンに投票数が浮かび上がる。参加した国々はすべて賛成に票を投じ、世界平和憲章は満場一致で可決された。神楽耶が目を細め、各国の代表が笑顔で立ち上がる。議場に万雷の拍手が鳴り響き、報道カメラが歴史的瞬間を世界中に配信した。
「ありがとうございます、皆様どうぞお座り下さい。次の議題に移りたいと思います」
興奮冷めやらぬ中、どこかほっとした表情で神楽耶が議会を進行する。次の議題を提出したのは、かつてブリタニアの属国とされていた小国の代表だった。
「たった今、我々は平和への一歩を大きく踏み出しました。これは歴史に刻まれる大きな出来事となるでしょう!世界中の人々にとって大変喜ばしい事です。しかし、ここに至るにあたって、最大の功労者を忘れてはなりません・・・・・・そう、我々の英雄ゼロです!そこで私は、彼の功績を讃え、世界共通の記念日を制定する事を提議したい」
スクリーンが切り替わり、中央に『ゼロ記念日』という文字が表示される。男は立ち上がり、紅潮した顔で周囲を見回した。
「ゼロは非道の限りを尽くした皇帝を退け、我々に自由と平和を取り戻してくれた、まさに英雄の名に相応しい人物です。彼の功績を讃え、悪逆皇帝ルルーシュを打ち倒したその日をもって、記念日とするのはいかがでしょうか」
「なるほど、良い考えだ」
「ああ、ゼロの英雄的行為は後世まで語り継ぐべきだな」
「ゼロがいなければ、あの傲慢で人を人とも思わない男が世界を支配していたわけだ・・・・・・本当にゾッとする」
「皇帝が崩れ落ちた時は興奮で身体が震えたよ」
各国の代表が口々に賛同の意見を述べる。ざわめきの中、議長席の神楽耶は唇を噛んで俯いた。『ゼロレクイエム』の真相を知る者はほんの一握りであり、ルルーシュの真意が公に明かされる事はない。それが彼の望みではあったものの、ルルーシュに対する非難は真実を知る者に重くのし掛かった。
「神楽耶様、そろそろ採決の時間ではありませんか?どこかご気分でも・・・」
「いいえ、何でもありません。大丈夫です」
議長を補佐する女性が、少女の憂いた横顔を窺う。神楽耶は左右に首を振ると、何かを振り払うように毅然と顔を上げた。
「それでは、提議された『ゼロ記念日』について採決を行います。ご賛同の方は賛成ボタンを押して下さい」
大スクリーンに再び投票数が表示される。神楽耶はそっと瞳を閉じて歓喜の声を待った。しかし、聞こえてきたのはそれと異なる類のさざめきだった。
「・・・・・・反対、1」
目を見開いて、神楽耶が呆然と結果を読み上げる。会場の喧噪が大きくなった。この世界会議において議案を承認するには、議決に参加する全員の賛同が必要となる。各国の代表たちは互いに顔を見合わせ、口々に声を上げ始めた。
「なんと、まさか反対票を入れる国があるとは!」
「英雄ゼロを否定するというのか」
「一体どこの代表だ?」
「皆さん、どうかお静かに願います」
「・・・・・・あの、わ、私です」
混乱した議会を制する神楽耶の耳が、小さく控えめな発言を捉える。聞き覚えのある舌足らずな声に、神楽耶は信じられない思いで声の方向を振り返った。
「え?」
「反対票を入れたのは、私です」
「天子さま!?」
合衆国中華の席は、議長席のすぐ脇に位置している。代表として立つのはまだ幼い少女――――旧・中華連邦の君主、天子だった。天子は緊張で強張りながらも、真剣な面持ちで議長席の神楽耶を見つめている。内心の驚きを隠して、神楽耶は穏やかに説明を促した。
「天子さま、反対の理由をお聞かせ願えませんか。この世界会議では一人でも異論があれば、全員で議論を尽くさねばなりません」
神楽耶の優しい口調に勇気づけられたように、天子は頷いて一歩を前に踏み出す。左右に控えた星刻と香凛が心配そうな顔でそれを見守った。
「ルルーシュ皇帝を倒した日・・・・・・それを忘れないのは、いいことだと思います。でも、ゼロの『行為』を『英雄』として讃える事には・・・・・・私は反対です」
「なんですと!?」
議題を提議した小国の代表が、信じられないといった表情で即座に椅子から立ち上がる。
「天子さまは『英雄ゼロ』を認めないと言うのですか!?彼があのルルーシュ皇帝を倒さなければ、今の平和は得られなかったというのに」
ホールいっぱいに響いた怒鳴り声に、小さな少女はびくりと身を竦ませた。各代表たちも険しい顔で次々と厳しい言葉を口にする。
「ゼロは世界の英雄だ、否定するなど許されない」
「天子さまは一体なにを考えておられるのか」
「そもそもゼロは処刑されるはずだった貴方を救ってくれたのではありませんか。恩知らずにも程がある!」
四方から降り注ぐ非難に、立ち尽くす天子の瞳がじわりと潤んだ。震える肩を痛ましげに見遣って、神楽耶は議題を切り上げるタイミングを計る。あからさまに割って入れば議長の中立性が問われ、却って天子の立場を危うくする事にもなりかねない。噴出する意見を流しながら、神楽耶は軽く息をついた。天子はまだ幼く、国の代表としての経験も浅い。『ゼロレクイエム』については星刻を通じて説明したが、深くその意味を理解するにはまだ早過ぎたのだろう。非難の嵐にさらされる主君を見かねて、後ろに控えていた星刻が少女を守るように足を踏み出した。
「天子さま、ここは私が」
「・・・・・・いいえ!」
目に涙をためた天子が、振り返らずにかぶりを振る。
「大丈夫です、星刻・・・・・・わ、私、ちゃんと皆に言えるから」
「天子さま、」
手の甲でごしごしと目の端をこすると、天子は再び前を向いた。一瞬批判の声が止み、その言動に注目が集まる。少女は全ての勇気を振り絞って、か細い声を張り上げた。
「私を処刑から救ってくれたゼロには、心から感謝しています。でも、それは私個人の事です。いま、私は中華の代表としてここに立っています。だから、これから作る新しい世の中で、私は『人を殺す』という行為を讃えるわけにはいきません。たとえ、それがどんな人でも」
天子の真意に、場に渦巻いていた糾弾の空気が徐々に静まっていく。
「だからといって、ゼロの事を批判しているのではありません。ゼロのした事は仕方なかったんだと・・・・・・あれ以外の方法はなかったんだと・・・・・・私も、そう思うから。でも、やっぱり悲しむ人はいるんです」
天子の言葉に、神楽耶は兄の遺体に取り縋って泣くナナリーの姿を思い出した。彼女の悲痛な慟哭が今でも耳に残っている。そして、それを壇上から見下ろすゼロの姿は、声もなく泣いているように見えた。もちろん、自分も――――胸を刺す悲しみに、神楽耶は固く手を握りしめる。
「これからは、ゼロが二度とこんな事をしなくていいように、私たちが頑張らなくちゃ・・・・・・だから、間違えちゃいけないと思うんです。ゼロが『英雄』と呼ばれる意味と、私たちがこれから求める世界の在り方を」
天子のたどたどしくも懸命な訴えに、議会は静まりかえった。神楽耶は小さな親友が『ゼロレクイエム』の、ルルーシュとスザクの真意を正しく理解していた事を知る――――幼くとも、彼女は立派な合衆国中華の代表だったのだ。長い沈黙が続く中、唐突に入り口近くの席から驚きの声が上がった。
「あっ、ゼロ!」
議会の全員が振り向いた先に、ゼロは静かに佇んでいた。その姿を公の場に現すのは、ゼロレクイエム以来の事である。世界中が見守る中、ゼロは漆黒のマントを翻して議会の中央を進み、天子の眼前に進み出た。その威容に、少女の小さな肩が一瞬だけ震える。しかし、天子は以前のように従者の後ろへ隠れる事なく、仮面の男に正面から対峙した。各国の代表が息を呑んで二人の姿を見つめている。
「天子さま」
そう呼び掛けると、ゼロはふいに膝を折って少女の手を取った。天子が驚いたように大きな目を瞬かせる。
「これからの世界は貴方のような方が築いていくのです・・・・・・どうかいつまでも、そのお心をお忘れにならぬよう」
仮面を通した音声はいつもと変わらない無機質な物だったが、聞く者には血肉の通う温かみを感じさせた。ゼロへの恐れを忘れ、天子が子供らしい笑顔でこくりと頷く。神楽耶は口元に微笑みを浮かべると、握った拳を弛めて両手を叩いた。沈黙が支配するホールに、神楽耶の拍手が鳴り響く。やがて一つ二つと拍手の数は増え、それは次第に大きくなり、ついには会場を全体を揺らす嵐となった。何台ものカメラが仮面の男と少女の姿を中心に捉え、世界中にその様子を伝える。拍手はいつまでも鳴りやまず、こうして第一回世界会議は大成功のうちに幕を閉じたのであった。






    *    *    *






「ははあ、中華連邦の君主が易姓革命を否定しちゃうとはね〜!こりゃあ愉快だ」
行儀悪く反対から椅子に腰掛けて、ロイドが面白そうに笑い声を上げた。その後ろで、頬に人差し指を当てたセシルが思案顔で宙を見上げる。
「それって、王様が徳のない政治を続けるなら、徳のある人が王様を退けて新しい王様になって良い、っていう理論でしたっけ・・・・・・確か中国古来の思想でしたよね。まあ確かに、次の支配者にとっては、自分を正当化するのに都合のいい理論と言えますが・・・・・・中華連邦は、これまでそうやって出来上がった国でもあるんですよね」
「皮肉なもんだねぇ、色んな意味で」
ロイドの隣に腰掛けたラクシャータが欠伸を噛み殺しながら言った。手前のモニタでは会議の生中継が終わり、アナウンサーがコメンテーターとあれこれ意見を交わしている。壁を占める無数のモニタには各国の番組が映し出されていたが、どの画面も皆、世界会議の様子やその話題で埋め尽くされていた。
「ふう・・・・・・それにしても、まったくどうかしてるよ。あれもこれもぜーんぶ『悪逆皇帝ルルーシュが悪い』、だなんてさ」
いい加減な口調とは裏腹に、ラクシャータは傍らの男を鋭く睨み付ける。真っ赤なマニキュアの指先が、へらへらと笑う眼鏡の前に突きつけられた。
「まったく、あんな馬鹿な事させて・・・・・・なんであの子達を止めてやらなかったのさ。今の『ゼロ』の中身は、あんたの大事な『パーツ』だったんだろ?」
「いえ、もちろん私たちも止めようとしたんですけど、」
後ろに立っていたセシルが、ロイドをフォローするように割って入る。
「ルルーシュ殿下が、『おまえたちは最後まで見守れ』、って」
「僕ら、ギアスをかけられちゃったんだよねえ、実は」
「・・・・・・情けない大人だよ、ホントに」
「いやぁ〜、お恥ずかしい!」
呆れた表情のラクシャータにロイドが頭を掻き、セシルが申し訳なさそうに肩をすぼめた。長いウェーブの髪をかき上げて、ラクシャータが再び椅子に背を預ける。
「あたしが言ってるのはね、別にあの子たちの為だけじゃないよ」
「え?」
「へ〜え、ひょっとしてこの世界の為ってヤツ?」
「・・・・・・どういうことですか」
ガタガタと椅子を揺らすロイドを横目に、セシルが身を乗り出す。
「なんでも人任せにしてりゃいいってもんじゃないって事」
首を傾げるセシルに、テレビを見据えたラクシャータがつまらなそうに呟いた。
「あんな子供にすべての責任を負わせて、自分たちは何も悪くない、悪いのは全部死んだ悪逆皇帝だ、なんてねぇ。さっきの会議だって、皇帝を殺して全部解決したと思ってる奴が、いかに多いかって事を表してるじゃないか」
「そうだねえ・・・・・・まあ、『ゼロレクイエム』は民衆による革命じゃないからねえ」
吐き捨てたラクシャータの隣で、椅子の背に肘をついたロイドが口元を歪める。
「今まで公表された情報って、実はウソばっかりじゃない?でも、ほとんどの人は与えられた境遇に疑問を抱く事もなかったし、問題について自分たちで考える事も、行動する事もなかった」
「・・・・・・そうして与えられるまま過ごすうちに、あの子たちが勝手に世の中を良くしてくれちゃったというわけさ」
ロイドの言葉を継いで、ラクシャータが肩をすくめた。辛辣な意見を述べる二人に、セシルが小さく口ごもる。
「それはそう、ですけど・・・・・・でもそれは、彼らだって・・・・・・」
「別に、アタシはあの子たちの事を今さらどうこう言いたいわけじゃないよ。つまり、すべてはこれからって事」
煙管を振ったラクシャータの隣で、ロイドが楽しげに頷いた。
「そうそう!これからはさ、素直で若い力が世の中を引っ張っていけば、なんとかなるかもしれないってね〜」
「ちょっとアンタ・・・・・・なんでアタシをチラチラ見ながら言うのさ?若くて素直じゃなくて悪かったわねぇ、このプリン頭!」
ラクシャータが立ち上がって、煙管の角でロイドの額を思い切り小突く。
「ぎゃあ、痛たた!」
大仰な悲鳴を上げつつ、ロイドが椅子から転げ落ちた。ラクシャータはフンと鼻を鳴らすと、白衣のポケットに手を突っ込んで踵を返す。
「さあ、休憩は終わり。ほら、次の実験に取りかかるよ!」
「は〜、やれやれ・・・・・・相変わらずなんだから」
扉の向こうに消えたラクシャータに続いて、立ち上がったロイドがよろめきながら出口へと向かう。ふらふらと揺れる背中に、セシルがふいに声を掛けた。
「ねえ、ロイドさん、」
「んー?」
戸口に立ったロイドが首だけ回して後ろを振り向く。少し躊躇った後、思い詰めたような表情でセシルが口を開いた。
「ルルーシュ殿下とスザクくんが、自分たちの人生を犠牲にして繋げた未来なんですもの・・・・・・きっと、よくなっていきますよね、この世界は」
「さあねえ〜」
両手を頭の後ろで組むと、『最後まで見守る』ことを義務づけられた男は鼻歌交じりに答える。
「それはこれから一人一人が考えて、選択する事だよ。それで、ホントに良くなったかどうかって言うのは・・・・・・」
扉が閉まる瞬間、ロイドはセシルに向かってニヤリと笑ってみせた。
「天の神様仏様と、Cの世界のルルーシュ殿下のみぞ知る、ってね!」




G o d  o n l y  k n o w s



09-09-25/thorn