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や さ し い ひ と
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「スザクくんって――――よね・・・」
生徒会室の扉がスライドした途端、聞こえてきた溜息まじりの声にルルーシュは戸口で足を留めた。
「・・・スザクがなんだって?」
「きゃあ、ルルっ!?いたの!?」
微かに眉を寄せて問い掛けると、扉に背を向けて座っていたシャーリーが椅子から飛び上がった。
見れば、書類やファイルが並ぶべき机の上にはミレイのお手製らしきクッキーとティーセットが並んでいる。
リヴァルの姿は見当たらず、どうやらルルーシュは女性陣の座談会の現場に踏み込んだようだった。
「はーい!ルルーシュ、いらっしゃーい!」
シャーリーの向かいに座ったミレイが手招きしてルルーシュに着席を促す。
会長の楽しげな声音にそのまま回れ右をして帰りたい気持ちになったが、さっきの言葉が気になる。
ルルーシュは観念して室内に足を踏み入れると、シャーリーの隣に腰掛けた。
ニーナが横からおずおずと紅茶の注がれたティーカップを手渡す。
軽く礼を言って受け取ると、カップからベルガモットの深く芳醇な香りが漂った。
「みんなで集まって一体何の話ですか?」
「ふふーん・・・ルルーシュ、気になる〜?」
ミレイがニヤリと笑って身を乗り出した。横目でそれを見遣ったカレンがカップを手に呆れたような表情を浮かべる。
「気になりますよ。あいつは友達だし、それに…」
からかい半分のミレイに真面目に答えると、ルルーシュは言葉を濁して言い淀んだ。
持ち前の明るく人懐っこい性格で徐々に周囲と打ち解けてきたスザクだが、未だイレブンに偏見を持つ生徒は多い。
陰湿な嫌がらせを受けてもじっと我慢するスザクを思い、ルルーシュは顔を曇らせる。
今まで他人に干渉しない主義を掲げてきた副会長の変貌に目を細め、ミレイが口調を改めた。
「別に変な話じゃないわよ。スザクは優しいね、って話してたの。ねえ、シャーリー?」
「あ、うん・・・そう・・・」
「へえ・・・あいつが?」
心なしか頬を染めてシャーリーが俯いた。悪い噂でなかった事に安堵して、ルルーシュが紅茶に口をつける。
「優しいわよ、スザクって。裏方の仕事でも嫌な顔しないで気持ちよく引き受けてくれるじゃない?」
ルルーシュとシャーリーの顔を交互に眺めながら、ミレイが机に頬杖をついてしみじみと言った。
普段はこういった話に入ってこないカレンが静かに同意する。
「そうですね。それに彼、教材とか重い物とか持とうとすると、必ず手伝ってくれますし」
「え・・・っと、それから、髪型とか色々・・・変えたりすると気がついて、声を掛けてくれます・・・よね・・・」
ルルーシュの方をちらちらと見ながら、イレブン嫌いのニーナまでが控えめに口を開いた。
「そうよねえ、そういうとこホント見習わせたいわよねえ、誰かさんにも・・・ねえ、シャーリー?」
「なっ・・・会長・・・っ!」
「どうして俺を見るんですか、会長」
真っ赤になって焦るシャーリーの隣で、ルルーシュがむっとした様子で眉根を寄せた。
「どうしてもこうしても、あんた隣見てみなさいよ」
心底呆れた様子でミレイが顎でシャーリーを指した。ルルーシュが仏頂面でシャーリーに向き直る。
真剣な瞳で見詰められて、シャーリーの顔がますます赤くなった。
「・・・・・・あ、今日はいつもと少し髪型が違うんだな、シャーリー」
「おっそーい!!!」
ミレイの叫び声と共に、シャーリーを除いた女性陣が一斉に肩を落とす。
いつもサイドにかかる長い髪を後ろで一つにまとめているシャーリーだが、それが今日は二つに分けられ、制服と合わせたライトイエローのリボンで可愛らしく結われていた。
「ごめん、気がつかなかった」
「やだっ、別にいいのよ、こんなのっ!気にしないで、ルル」
あっさりと謝罪したルルーシュに、シャーリーが大げさに両手を振って笑顔を作る。
「同じクラスなのに気がつかないなんて、随分と注意力が散漫なのね?」
密かに気落ちした面持ちのシャーリーを気遣い、カレンが嫌みを交えて言い放つ。
責められる理由がわからないルルーシュは、カレンに鋭い目線を返すと含みのある口調で言い返した。
「気がつかないんじゃなくて、人の外見に興味がないだけだ」
「なによそれ」
「外見なんていくらでも取り繕えるものだろう?それに、そういう事をいちいち口にするのは軽薄じゃないか」
ルルーシュはティーカップを手に取ると、冷たく言い捨てる。
頬杖をついたまま様子を眺めていたミレイが目を細め、諭すように口を開いた。
「そうかしら。外見も含めて全部その人なんだからいいじゃない?それに小さな変化でも誰かに気付いてもらえるって嬉しいわよ」
「・・・そうですか?」
「そうよ。だって、それだけ自分をいつも見てくれてるって事でしょ・・・だから好きな人にはねえ、やっぱり」
悪戯っぽくウインクしたミレイにシャーリーが硬直する。
理解しがたいといった様子でルルーシュが肩をすくめた時、生徒会室に長身の影が勢いよく飛び込んできた。
「こんにちは、遅くなってすみません!」
「・・・スザクくん!今日はもう『お仕事』はいいの?」
今までの話題を無理矢理断ち切るように、シャーリーが大きな声で明るく問い掛ける。
「うん、授業は出られなかったけど、生徒会の仕事だけでも手伝いたくて」
シャーリーに笑顔を向けて、スザクはルルーシュの隣の椅子を引いた。
「えらいわぁ、スザク!みんながあなたみたいに働き者だとすっごく助かるんだけど」
「・・・それは会長に一番当て嵌まる事でしょう」
ミレイの大げさな口調にルルーシュが小声で反論する。
二人の掛け合いに微笑みを浮かべると、スザクはふいに声を上げた。
「あっ、そうだ!ルルーシュ、これ・・・」
机の上に置かれた学生鞄から、スザクは一冊のノートを取りだしてルルーシュに差し出す。
「ノート、どうもありがとう!すごく助かったよ」
「ああ、もういいのか」
「うん・・・これ、ひょっとしてわざわざポイントまとめてくれたの?」
「・・・自分の復習のついでにまとめただけだから」
「ありがとう、すごくわかりやすかったよ。ルルーシュって字も綺麗だし、教えるのも上手だよね」
「別に・・・そんな事は・・・」
スザクから顔を背けて、ルルーシュがぼそぼそと呟く。
そんなルルーシュの様子を笑顔で眺めていたスザクが、あれ、と言って首を傾げた。
「ん、なんだ?」
スザクは突然表情を改め、真面目な顔でルルーシュを覗き込む。いきなり近づいた顔に椅子の上でルルーシュが仰け反った。
「・・・な・・・ちょっ・・・」
身を捩って逃げようとするルルーシュの二の腕を掴むと、スザクはなおも顔を近づける。
首筋に顔を埋めるような仕草に、ルルーシュは慌てふためいて叫んだ。
「おい、なんだよスザク・・・っ!」
「・・・ルルーシュ、ひょっとしてシャンプー変えた?」
「え・・・?」
「なんだかすごくいい匂いがする」
ルルーシュがぽかんと口を開けて、間近で顔を覗き込むスザクと目を合わせる。
首筋で、すん、と鼻を鳴らすと、スザクは目を伏せて囁くように笑った。ルルーシュの頬がじわりと熱を持つ。
そのとき、生徒会室のドアがスライドして脳天気な声が割り込んで来た。
「ちーっす、遅れましたぁ!いやあホント絞られたわ、今日は」
リヴァルの入室と同時にスザクの手を振り払うと、ルルーシュは音を立てて椅子から立ち上がる。
「今そこでアーサー拾ったんだけどさ・・・って、どうしたルルーシュ、なんか顔赤いぞ。調子でも悪いのか?」
ふざけてアーサーを頭に乗せたリヴァルが、涙目で固まっている副会長に邪気なく声をかけた。
その場全員の視線が自分に注がれているのを感じ、ルルーシュはますます顔を火照らせる。
「・・・っ、別になんでもないっ!」
憤ったように大声で否定すると、ルルーシュは大股でリヴァルの脇をすり抜けた。
「うおーい、どこ行くの」
「教室に忘れ物を取りに行くだけだっ!」
振り返りざまに怒鳴りつけると、足音を響かせて生徒会室を出ていく。
リヴァルはじゃれるアーサーを両手で抱えたまま、首を傾げてその姿を見送った。
「どうしちゃったわけ、一体」
「さあ、どうしたんだろうね?」
スザクが笑顔で答え、リヴァルと自分のカップを用意してティーポットに手を伸ばす。
薫り高いアールグレイの紅茶を二つのカップに注ぐと、スザクは未だ呆然と生徒会室の扉を見詰めるシャーリーに目を留めた。
「あれ、シャーリー髪型変えたんだ?その髪型も似合うね」
「・・・・・・・・・」
生徒会メンバー全員の視線が今度はスザクに集中する。
長いような短いような沈黙の後、うわあん、と叫んでシャーリーが机に伏した。
「はあ・・・スザク・・・あんたって子は・・・」
深いため息をつきつつ、ミレイが額を押さえる。
「あなた、ほんっとに空気読めない人ね」
カレンが冷たくスザクを睨み付けた。
ニーナは非難がましい目をしながら、ひどく小さな声で何かを呟いている。
女性陣の思わぬ総攻撃に、スザクは大きな目をしばたかせた。
「あの・・・僕、何かしたかな?」
「さあな・・・まあなんだか知らないけど、とりあえずおまえが悪い」
戸惑うスザクに、傍らに立ったリヴァルがきっぱりと断言する。
「えっ、何で!?」
「アッシュフォード学園生徒会役員、心得その一、女性陣の総意に決して逆らうべからず!」
アーサーが同意するかのように一声鳴いて、スザクの手に思いっきり噛み付いた。
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07-08-20/thorn
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