お も か げ




「あらっ、『ルル子』は?」
クラブハウスのホールを見回して、ミレイが目聡く声をあげた。
騎士装束で男装しているものの、その豊かな胸は到底隠せるものではなく、開いた服の胸元から深い谷間が覗いている。
腰に手を当てて胸を反らす仕草に、傍らのリヴァルはごくりと唾を飲み込んだ。
「ちっ、逃げやがったな、あの野郎」
学ランを着こなしたカレンが腕組みをして低い声で凄む。
病弱で箱入りの貴族令嬢・・・のはずだが、鋭い眼光といい、とても演技とは思えない迫力である。
気押されたリヴァルの目線に気付かず、カレンは無造作に髪をかき上げた。
それを見たミレイがにやりと楽しげな笑みを浮かべる。
第二回男女逆転祭りの打ち上げとして、生徒会メンバーはクラブハウスのホールに集まっていた。
テーブルの上にはミレイの手料理や、みんなの大好きなピザが所狭しと並べられている。
ヒゲ姿の咲世子と探偵姿のニーナが取り皿やコップなどを整え、窓際では車椅子のナナリーを囲んで、セーラー服のスザクと警官姿のシャーリーが談笑していた。
普段は大人しく控えめなナナリーも楽しそうにはしゃいでいる。
「んもう、ルルーシュの奴!あいつが来ないと始められないじゃない」
「俺・・・じゃなくて、あたし、ちょっと探してくるわ」
口を尖らせ、素でぼやくミレイに大げさにしなを作って答えると、リヴァルはホールを後にした。
ルルーシュは今日一日、皆にさんざん追い回されていたから、おそらくどこかに隠れて休んでいるのだろう。
諦め悪く途中で抜け出そうとしていたようだが、あんなに目立つ存在を周囲が逃がすはずもなく、結局は強引な会長と溺愛する妹に押され、顔を引きつらせつつも一日お遊びに付き合っていた。
こういった企画はシャレなのだから楽しんでしまえばいいのに、根が真面目なルルーシュにはどうも割り切れないようである。
しかし、筋骨隆々とした男達がチアリーダー姿でクラスまで押し掛け、ルルーシュを「お姉様」と呼んで取りすがるのには、さすがのリヴァルも同情した。
リヴァルはいつも自分たちのサボり場となっている屋上への階段を登りかけて、足を止める。
ルルーシュの事だから、そんな簡単に予想できる場所に隠れているとは思えない。
リヴァルは立ち止まって考えると、男子更衣室へと足を向けた。
単純ではあるが、隠れるには意外と穴場であるかもしれない。
「おーい、ルルーシュ、いるか?」
男子更衣室の扉を開けながら、リヴァルが中に声を掛ける。もちろん返事はない。
リヴァルがそろそろと薄暗い更衣室を進むと、一番奥にある姿見の前で、こちらに背を向けて立っている人影が見えた。
ドレスを纏ったその人物はリヴァルには全く気付かず、全身を映す大きな姿見を一心に覗きこんでいる。
純白の手袋に包まれた細い指先が、鏡の中の戸惑う顔をするりと撫でた。少しだけ俯いた顔に長く艶やかな黒髪が滑る。
鏡に映った顔がどこか悲しげに見えて、リヴァルは思わず大声を出した。
「何やってんだよ、ルルーシュ」
「ほわあっ・・・リ、リヴァル!?」
ふわりとした濃紺のドレスを翻して、ルルーシュが焦った様子で振り向く。
深紫の瞳が見開かれ、驚きで頬にさっと朱が差した。
半分だけ開かれた唇には、誰かに無理矢理つけられたであろう薄桃色の口紅が塗られている。
無意識に胸元で組み合わせられた手が愛らしい少女のように見えて、リヴァルは内心でため息をついた。
これが自分と同じ男であるとは、つくづく神様ももったいない事をする。
不毛な考えを振り払って、リヴァルはからかう調子で口を開いた。
「なーに自分に見入ってるんだよ?なんていうだっけ、あれ、ギリシア神話のナルなんとか・・・」
「・・・ナルキッソスか?」
「そうそれ!最後、花になっちゃった奴。ルルーシュ、なんか似てたぞ、さっき」
「・・・っ、今のは、別にそういうんじゃ・・・」
「え、じゃあまさか、そっち方面に目覚めちゃったんじゃ・・・」
「断じて違う!そんなわけないだろっ!」
顔を真っ赤にしてルルーシュが怒鳴り声をあげた。
いつも澄まし顔の友人をやり込めるチャンスに、リヴァルはにやりと意地悪く笑う。
「ふふーん、じゃあ何してたんだよ」
「そ、それは・・・」
皮肉屋で常に自信たっぷりのルルーシュが恥ずかしそうに口ごもる。
「・・・さっきナナリーが・・・母さんに、似てるって・・・それで・・・」
声がどんどん小さくなり、消え入りそうな声で呟くとルルーシュは俯いた。
「ひょっとして似てるのかな、って・・・俺・・・母さんに・・・」
恥ずかしそうに下を向くルルーシュを眺めながら、リヴァルは先の生徒会室でのやり取りを思い出す。
目の見えないナナリーの為に、シャーリーが女装したルルーシュの様子を一生懸命説明していた時の事だ。
――――えっとねナナちゃん、ルルーシュが着てるのは青のふわふわした素敵なドレスで・・・黒い髪が腰まであって・・・
――――そうですか。お兄様、なんだかお母様みたい!
お兄様がお母様だなんて、私ったらなんだか変な事言ってますね。
そう言ってナナリーは邪気のない笑顔を見せた。
そのときのルルーシュの表情は覚えていない。
ルルーシュとナナリーの母親は、二人が幼い頃に事故で亡くなったと聞く。
昔出会った頃に両親の事を聞いた時、ルルーシュは言葉少なにそれだけを語った。
黙り込んだその表情が怒りと悔しさと、やりきれない悲しさに満ちていて、リヴァルはそれ以上何も聞けなかった。
あの時のルルーシュと鏡を見詰めていた時の寂しげな顔が重なって、なんだかつらい気持ちになる。
ばつが悪そうに俯くルルーシュに向かって、リヴァルは口を開いた。
「俺はおまえのかーちゃんの事、全然知らないけどさ、」
頭の後ろで手を組んで、いつものように姿勢を崩したポーズを取ると、リヴァルは人好きのする笑みを浮かべる。
「きっとルルーシュみたいに美人でカッコ良くて、ナナリーみたいに明るくて優しい人だったんだろうな!」
「・・・・・・・・・」
顔を上げたルルーシュがきょとんとした顔でリヴァルを見返す。
そしていつもの不遜な態度を取り戻し、涼しげな顔でうそぶいた。
「俺もリヴァルの母さんには会った事がないけど・・・きっと今のリヴァルみたいにものすごい化粧してるんだろうな」
「うおーい、なんだよそれ〜、ひっでーな!」
「・・・すまん、冗談だ」
大げさに化粧を塗りたくった顔を歪ませて情けない声をあげるリヴァルに、ルルーシュがくすくす笑って謝った。
いつも通りの笑顔に、リヴァルも安心して微笑む。
「なあ、そろそろ戻ろうぜ。おまえがいないと打ち上げ始まらないんだから」
「ああ」
頷くルルーシュを促して、リヴァルはミニスカートのメイド服を翻して大股で更衣室の出口へ向かった。
先を行くリヴァルの後ろ姿に、ルルーシュの控えめな声が投げられる。
「なあ、リヴァル」
「あん?」
「・・・ありがとな」
背中に染み入るような、優しく心に響く感謝の声が響いた。
リヴァルは一瞬だけ目を閉じ、その声を胸に刻む。そして心の中で呟いた。
最近、ルルーシュが自分たちに何か隠し事をしているのは薄々わかってる。
でも俺も生徒会のみんなも、おまえの事を待ってるんだ。だから――――
リヴァルは口元に笑みを浮かべると、勢いを付けて振り返った。
「どういたしましてよ、ルル子っ!」
無理矢理作ったわざとらしい高い声に、ルルーシュがげんなりと疲れた顔を浮かべる。
「なんだ。おまえの方がハマってるじゃないか、その格好」
「あーら、あたしに惚れちゃダメよん、ルル子。4又は勘弁してよね!」
「誰が惚れるかっ!それに誰が4又だって!?」
スカートの裾を摘みながらウインクするリヴァルに、ドレスをたくし上げて脚を見せながらルルーシュが抗議の声を上げた。



07-07-30/thorn