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剥き出しの蛍光灯が室内を白々しく照らし出している。部屋の真ん中には冷たい金属のベッドが置かれ、その上にはかつて人であったと思われる塊が無造作に転がっていた。
「・・・本当に馬鹿な子だねぇ、あんたは」
そう呟いて、女は白衣のポケットから煙草の小箱を取り出す。残り少ない本数の中から一本くわえて火をつけると、溜め息と共にゆっくりと煙を吐き出した。
「こんなにバラバラになっちまったらさぁ・・・いくらこのあたしだって、どうしようもないに決まってるじゃないの」
部屋の上部に取り付けられた換気扇が、消毒薬と煙草の匂いをあっという間に吸い出していく。
「男前が台無しだよ、まったく」
乱暴な口調とは裏腹に、紅く塗られた爪先が遺体に残った頭髪に優しく触れた。肉の削げた傷口をいたわるように、長い指が冷たい頬を撫でる。
「ラクシャータ、」
スライドしたドアをくぐって、白衣姿の男がふらりと姿を見せた。
「ロイド・・・あの子は?」
「セシルくんなら休ませてるよ・・・さすがに彼女を寄越すわけにはいかないでしょ」
そう言って、ロイドはポケットに両手を突っ込んだまま、飄々とした態度で検視台を覗き込んだ。
「ああ、間違いないね・・・『彼』だ」
銀縁の丸眼鏡が蛍光灯を反射して表情を隠す。傍らの書類に適当な確認のサインを入れると、ロイドはペンを放り出して腰を屈めた。
「本当に馬鹿だねえ、キミは・・・だからボクがいつも言ってたじゃない。つまらない正義感と責任感で戦場に出るからこうなるのさ」
軽口を叩きつつ、ロイドはまるで子供にするように『彼』の頭を柔らかく叩く。
「キミがいなくなったら、一体誰があの料理を平らげるっていうんだい?」
おどけた台詞と共に、眼鏡の奥でアイスブルーの瞳が微かに歪む。
「セシルくんをあんなに泣かせて・・・本当に仕方がないね、キミは」
立ち上る紫煙をぼんやりと眺めながら、ラクシャータは同輩の苦味を帯びた呟きを聞き流した。ロイドはずり落ちた眼鏡を片手で直すと、いつもの調子で大げさに肩をすくめてみせる。
「技術部が誇る最新鋭のナイトメアもぺっちゃんこかぁ、酷いもんじゃない」
「・・・形が残ってるだけマシな方さ」
空の金属トレイに灰を落として、ラクシャータがぼやいた。
「馬鹿馬鹿しい話だよ・・・苦労して治したって、身体が動くようになれば、そのまま戦争に駆り出されちまう。全くきりがないったら」
「医療サイバネティックスにも限界があるわけだ」
「医療技術の問題じゃないだろう」
天井の換気扇に向けて細く煙を吹きつけながら、つまらなそうな表情でラクシャータが吐き捨てた。
「世界中から『戦争』ってもんがなくならないことにはねぇ・・・」
物言わぬ『彼』を前に、二人の間に沈黙が降りる。静寂の中で、低く唸る換気扇の音が妙に耳についた。
「・・・ボクはねえ、すごーく強いナイトメアを作りたいんだよねぇ」
しばしの静寂を破って、ロイドがふいに口を開いた。ラクシャータは身動きせず、視線だけを動かしてその横顔を盗み見る。ロイドは顔に笑みを貼り付けたまま、検視台の上をじっと見詰めていた。
「ボクはねえ、誰にも負けない、誰にも勝てない、世界でいっちばん強いナイトメアを作りたいんだ」
自らに言い聞かせるようにロイドが続ける。にやけた表情とは異なり、その瞳はどこか真剣な色を湛えていた。
「ボクには戦争を止められないからねぇ・・・だからせめて、この世で一番強いナイトメアを作って、そして自分の居場所と大事な物を、守る。それが唯一、ボクに出来る事だと思うんだよねえ」
何が可笑しいのか、ロイドは独りで小さく忍び笑いを漏らす。そして今度は面白そうにラクシャータの顔を覗き込んだ。
「・・・それで?君は、どうするんだい?」
ラクシャータが手にした煙草から、一欠片の灰が落ちた。しなやかな指が、短くなった煙草を金属トレイに強く押しつける。ラクシャータは不機嫌そうに顔を顰め、ルージュの唇から溜息を漏らした。
「あんたって奴は、本当に・・・」
掻き消えた語尾に笑みを深めると、ロイドは再びポケットに手を突っ込んで戸口へと歩き出す。扉の向こうにその姿が消えると、ラクシャータは呆れた様子で独り言を口にした。
「・・・男ってのはいつも、何かを壊さないと何も手に入れられないと思ってるのかねえ・・・」
疲れたように目を伏せ、ゆっくりと息をつく。目を開ければ、かつては快活な笑顔を見せていた青年の無惨な姿が深碧色の瞳に映った。ラクシャータは煙草の箱から最後の一本を取ろうとして、それを床に取り落とす。
「そうだねぇ・・・人が死ぬのを見るのは、もう飽きたわね」
冷え固まった指先を握りしめると、ラクシャータはハイヒールの爪先で煙草を踏みつけた。先に落ちた灰と共に、潰れた煙草が鈍く光るリノリウムの床を汚す。
「あたしが、出来ることは――――
口元に哀しげな微笑みを浮かべると、ラクシャータは永遠の沈黙を続ける『彼』に向かって、独り静かに語り始めた。




08-11-11/thorn