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盤 上 遊 戯
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「もう一度、お願いします」
もう何度目になるかわからない台詞を口にして、少女は深く頭を下げた。
その膝の上に乗せられているのは、古びて表紙がすり切れた一冊の本。
向かいに腰掛けた少年が静かに頷くと、少女は身を乗り出して盤上の駒を並べ始めた。
「何度も付き合ってもらってゴメンね、ルル」
整然と並んだ白の列を前に、少女がぽつりと呟いた。
「ルルには退屈だと思うけど・・・それでも私、あなたに負けるわけにはいかない」
「シャーリー・・・」
少女の言葉に紫紺の瞳が苦しげに歪む。
本のページを片手でめくりながら、シャーリーは白の歩兵を摘んでテキスト通りの定跡に置いた。
ルルーシュの手が一瞬だけ迷って、黒の歩兵をその斜め向かいに据える。
ぱらぱらと本のページをめくる音だけが、ホールの静寂に響いた。
「・・・ちゃんとパパに習っておけばよかったな」
本に目を落としたまま、シャーリーが小さく笑う。
「そしたらもっと・・・」
俯いたその顔を、ストレートの長い髪が隠した。
途切れた言葉に目を伏せて、ルルーシュが黒のキングをそっと動かす。
シャーリーはじっと盤上を眺めて、塔を象った白い駒を手に取った。
真っ直ぐにしか進めない駒の先には、がら空きになった黒の王が一人佇んでいる。
「チェックメイト、」
少女のよく通る声が響いて、黒の駒が倒される――――はずだった。
「・・・なーんてね!」
白のルークをチェス盤の中央に放り出して、シャーリーがいつもの明るい笑顔を見せる。
「ダメよ、手加減するなんて・・・これはね、真面目にやらなきゃ意味ないの!」
ルルーシュの鼻先に指を突きつけて、しかめ面を作りながらシャーリーが言った。
そのまま勢いを付けて椅子から立ち上がると、不可解な顔をしているルルーシュに向かって胸を反らす。
「私、本当はすっごく強いんだから!ルルに優しくされる必要なんてないの。今はまだ、力が足りないけど・・・」
だから、と言ってシャーリーは力強い瞳でルルーシュを真っ直ぐに見つめた。
「少しだけ待ってて!今度はちゃんとルルの隣にいられるように・・・私、頑張るから・・・!」
返事も聞かずに走り去る少女の背中を見つめて、ルルーシュは一人、哀しげに微笑む。
そしてシャーリーに背を向けると、黒の王をポケットに放り込んでゆっくりと歩き出した。
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08-01-15/thorn
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