|
盤 上 遊 戯
|
「チェックメイト!」
円形の天蓋を震わせて、高らかに少年の声が響いた。
周囲から、わっと歓声が上がる。
人々はホールの中央に集まって、テーブルの上のチェスボードを覗き込んだ。
盤上では黒のキングが横たわり、四方の窓から差し込む光を鈍く反射している。
「やったね、おめでとう!」
両手を握りしめて、シャーリーが興奮気味に身を乗り出した。
「やっぱり君は強いね、絶対勝つと思ってたよ!」
スザクがまるで自分の事のように誇らしげに笑う。
「さすがだな、本当に腕を上げた」
下顎を撫でながらシュナイゼルが感心したように頷いた。
称賛の声に囲まれて、フリル付きのブラウスで着飾った子供が顔を上げた。
大人びた雰囲気が解けて、年相応の素直な笑みがその顔に浮かぶ。
―――― 子供用の、背の高い椅子に腰掛けていたのは幼いルルーシュ。
「かあさま、ナナリー!ぼく、勝ったよ!」
ルルーシュは小さな足で椅子を蹴って飛び降りると、嬉しそうに駆けていく。その影はすぐに人々の間に紛れてしまった。
一方、対局に座った人物は力なく俯いたまま、微動だにしない。
「やあやあ、とうとう負けちゃったねえ!不様なもんだ」
楽しげに手を打ち鳴らしながら、横から顔を覗き込むようにしてマオが言った。
「残念でしたわ、本当に。もう少しだったんですけれど・・・」
心配そうに眉根を寄せて、ユーフェミアが励ましの言葉を口にする。
「ふん、油断したようだな。相手を侮るからだぞ、悪い癖だ」
クロヴィスが大げさな仕草で肩をすくめて背を向けた。
―――― 椅子に沈み込んでいたのは、学生服姿のルルーシュ。
ルルーシュは黙したまま、両膝に置かれた自らの手をじっと見つめていた。
きつく握りしめた手と裏腹に、口元には微かな笑みが浮かんでいる。
(これでよかったんだ) (苦しかった) (悲しかった) (寂しかった) (これでやっと開放される)
「ほう・・・ゲームに負けたか、ルルーシュ」
どこからか、あざ笑うかのような声が響いた。
小さなホールにさざめいていた人々の気配がふっと消える。
代わりに、チェスボードが置かれたテーブルの前に淡く人影が浮かんだ。
―――― 現れたのは、拘束服を身に纏ったC.C.
風もないのに、透き通るような緑の長い髪がふわりと宙になびく。
突然現れた少女に動じる事もなく、瞳を伏せたままルルーシュは自らを嗤った。
「ああ、そうだ。俺は敗れた」
「ほう・・・貴様は『負ける事を選んだ』のだな」
「・・・なんだと?」
怪訝そうな顔で、ルルーシュが面を上げる。
転がった黒の駒をつまらなそうに眺めながら、少女が目を細めた。
「勝つも負けるも、選ぶのはいつでも自分自身だ」
独り言のように呟くと、C.C.は少年に目線を移して口の端を吊り上げる。
「どうする、ルルーシュ。おまえは選ぶ事ができる・・・ゲームを再び始めるか、否か」
細い指先が示した盤上には、いつのまにか黒と白の駒が整然と並んでいた。
ルルーシュは小さく呻いて唇を噛みしめる。
子供に言い聞かせるように、C.C.がゆっくりと続けた。
「さあ駒を手に取れ、さもなくば立ち去れ」
ルルーシュは盤上をじっと見据え、やがて意を決したようにその手を伸ばす。
しなやかな指が一つの駒を摘み上げた。
「なるほど、それがおまえの選択というわけか」
さも愉快だと言わんばかりに、C.C.が声を上げて笑った。
ルルーシュが手にしたのはキングではなくポーン――――常に前に進む事しか許されない、ちっぽけな兵卒である。
「たとえ『王の力』を失っても、」
手の中の小さな駒を弄びながら、ルルーシュが低く呟いた。
「たとえ『王』の駒でなかったとしても・・・俺は打ち勝ってみせる、この手で・・・!」
「・・・よかろう、おまえの『選択』を私が見届けてやる」
運命の魔女は薄く微笑むと、その手を差し伸べて囁く。
「さあ、ゲームを始めようか」
強い光を湛えた紫紺の瞳がきらめき、最初の一手が盤上に刻まれた。
”The pawns are the soul of chess.”(ポーンこそがチェスの魂である) |
――――Francois-Andre Danican Philidor |
07-03-14/thorn
|
|
|
|
|
|