ハ ー ト の 行 方




生徒会室の壁に掛けられたアンティークの柱時計が鐘の音と共に時を告げる。時計の針が指すのはきっかり午後3時、丁度ティータイムの時間だ。
「ちょっと休憩にしませんか、会長」
「あら珍しいわね、ルルーシュがお茶を入れてくれるなんて!」
ティーセットを手に現れた副会長を見遣って、ミレイが軽く目を見張った。
「頂き物のケーキがあるので、せっかくだから皆で食べようと思って・・・今、向こうでスザクが切り分けているんですが」
テーブルの端に一揃いのティーセットを置いて、ルルーシュが涼やかな笑みを浮かべる。
「ほんじゃ、書類整理はこの辺にして、午後のティータイムといきますか!」
「なによ、リヴァルは今さっき仕事始めたばっかりじゃない!」
ペンを放り出したリヴァルに向かって、電卓を叩いていたシャーリーが膨れてみせる。弱々しげな笑顔を浮かべてカレンが書類を整え、パソコンデスクに向かっていたニーナがくすくす笑って椅子を立った。
騒々しいやり取りをBGMにしながら、茶葉が開く絶妙のタイミングを見計らってルルーシュがポットを傾ける。
カップを満たす澄んだ琥珀色に、紫紺の瞳が満足そうに細められた。
「ダージリン、キャッスルトンのセカンドフラッシュです」
ミレイは差し出されたカップを手にすると、白磁の縁にふっくらとした唇をつける。
「・・・うん、美味しい!やっぱり違うわね、ルルーシュの入れた紅茶は」
「お気に召していただいて光栄です、女王様」
手放しの賞賛に、ルルーシュが冗談めかして一礼してみせた。
その洗練された仕草に見とれてシャーリーがうっすらと頬を染める。
「・・・あの、シャーリー?口が開けっぱなしだけど・・・」
「えっ!?やだ、私ったら!」
ニーナの控えめな言葉に、シャーリーが慌てて口元を押さえた。
その様子を目に留めて、ルルーシュが穏やかに微笑む。
「シャーリー、すぐにスザクがケーキを持ってくるから、もうちょっと待っててくれ」
「ちょっ、ルルっ!?わ、私べつにお腹が空いてるわけじゃなくって・・・!」
あらぬ誤解にシャーリーが腰を浮かし、ルルーシュの鈍さに一同が苦笑したところで、テーブルに長身の影が映り込んだ。
「おまたせしました」
「おー!スザクご苦労・・・って、なんだよそれ!?」
勢いよく振り返ったリヴァルが、スザクが抱えてきた盆の上に目を留めて声を上げる。
「ええと・・・ケーキ、かな・・・」
銀製の盆に並べられた皿の上には、無惨に崩れたケーキが載っていた。
スザクがひどく申し訳なさそうに項垂れる。
「ごめん、ちゃんと等分に分けようとしたら上手くできなくて・・・どんどん切っていったら、こんな事に・・・」
「気にしなくていいよ、スザクくん!別に味は変わらないんだし」
ケーキ皿をテーブルに移しながら、シャーリーが明るくフォローを入れる。真っ先に飛びついたリヴァルが、大きな口でケーキを頬張ると満足そうに頷いた。
「そうそう、大丈夫だって!十分美味いよ、これ」
「あんたねえ、何も手伝ってないんだから、もうちょっと遠慮しなさい!」
ミレイが丸めた書類でリヴァルの頭を軽くはたく。リヴァルが笑いながら大げさに痛がってみせた。
「さあ準備も出来たし、いただきましょうか!イッツ・ティータイム!」
ケーキと紅茶が全員に行き渡ったところで、ミレイがティーカップを乾杯の形に掲げる。生徒会室が和やかな空気に包まれた。
「イチゴのケーキ、おいしいね。これって手作りなの?」
甘いお菓子に、ニーナが幸せそうに微笑む。
ルルーシュがティーカップを片手に軽く頷いた。
「らしいな。頂き物だから、俺もよくわからないけど」
「飾り付けも凝ってたんじゃない?ほら、アイシングで何か書いてあるもの」
シャーリーがフォークの先でケーキのかけらを示す。
「崩れてるからよくわからないわね・・・」
おっとりとした口調で首を傾げるカレンに、スザクが困ったような笑みを向けた。
「ごめん、こういうの慣れてなくて。それに、変わった形だったから」
「ああ、ハートの形だったからな」
さらりと吐き出された言葉に、ルルーシュとスザクを除いた全員が食べかけのケーキを喉に詰まらせる。
「・・・は、ハート!?」
「ああ、切り分けるのはスザクに任せたから遠目でしか見てないけど・・・だったよな、スザク?」
「そうだね、そんな形だったかも」
紅茶を一口すすって、スザクが何でもない事のようにあっさりと頷いた。
「・・・ルルーシュがもらった・・・手作りの、ハート形ケーキ・・・」
「これ、誰からもらったの?ルルーシュくん」
嫌な予感に一同が固まる中、ニーナがおずおずと手を挙げて質問する。
「ここに来る途中でもらったんだ」
「だから、誰にもらったか聞いてるの!」
「隣のクラスの、テニス部の女の子だったよね」
重ねて強く問い掛けるカレンに、ルルーシュの隣の席を陣取ったスザクが爽やかな口調で答えた。
「そうだったかな・・・まあ大方、調理実習か何かの余り物だろう」
あっさりと言い捨てたルルーシュに、シャーリーが顔を引きつらせながら食い下がる。
「な、なにか言われたんじゃないの?もらった時に」
「そうだな・・・『私の気持ち』がどうとか言ってた気がするけど」
「えええっ!?・・・で、なんて答えたのルルっ!?」
「どうも、って受け取ったけど・・・何か問題あるのか?」
一人で赤くなったり青くなったりと忙しいシャーリーを眺めて、ルルーシュが怪訝そうに眉を寄せた。
ミレイが眉間を指先で押さえながら小さく唸り声を上げる。
「もしかして、中に何か手紙とか入ってなかった?」
「なにか入ってたか?スザク」
「さあ、僕は気づかなかったけど」
不思議そうに首を傾げたルルーシュに、スザクは一点の曇りもない完璧な笑顔で即答する。おいおいホントかよ、と全員が心の中で叫んだが、口に出す勇気のある者は誰もいなかった。
「生徒会はクラブ運営にも尽力してるからな。こういう事もあるんだろう」
事も無げに言ってソーサーにカップを戻したルルーシュは、ふとスザクの前に置かれた皿に目を留める。
「ん?スザク、食べないのか?」
「・・・うん、なんだかちょっとクリームが甘すぎて」
ケーキを一口食べたきりフォークを置いたスザクを見て、ルルーシュは何か思いついたかのように頷いた。
「そうか。じゃあ今度作ってやるよ、あんまり甘くないケーキ。シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ」
「しゅわるつ・・・?」
「ドイツの黒い森をイメージしたさくらんぼのケーキだよ。ビターココアのスポンジと、キルシュ酒をきかせたクリームで作るんだ」
料理はもちろん、家事全般に対してこだわりがあるルルーシュが澄ました顔で解説する。
「へえ、それは食べてみたいなあ!ねえ作ってよ、ルルーシュ!」
「そのうち暇があったら、だぞ?まあ、ナナリーも喜ぶし・・・」
目を輝かせたスザクに、まんざらでもなさそうな口調を隠すように顔を顰めてルルーシュが釘を差した。
「本当!?楽しみだなあ、絶対だよ・・・約束!」
カップを置くと、スザクは満面の笑顔でルルーシュに右手の小指を差し出す。仕方ないな、と苦笑してルルーシュがスザクの指に自分の小指を絡ませた。
楽しげに会話を弾ませる二人を眺めながら、蚊帳の外となった生徒会メンバーは互いの顔を見合わせる。
既にケーキの送り主の事など、ルルーシュの頭からきれいに忘れ去られているようだった。それどころか、そもそも送り主の意図すら気付いていない。
「えーっと、これってさ・・・」
フォークの先でケーキをつつきながら、リヴァルが気まずそうに口を開いた。
「ちゃんと食べなさいよ、全部。証拠隠滅よ!」
普段の大人しさはどこへやら、カレンが半眼でリヴァルを睨み付ける。
崩れたケーキの載った皿を前に、ミレイが小さく宣言した。
「私たちは何も聞いてない、何も知らない・・・そうよね、みんな?」
アッシュフォード学園を統べる生徒会長の重々しい問い掛けに、ルルーシュとスザクを除いた生徒会メンバーが一斉に頷く。

――――こうして、哀れな乙女の恋心は人知れず彼らの胃袋の中へと消えていったのであった。




07-09-15/thorn
08-05-18(revised)/thorn