バ ー ス デ イ ・ プ レ ゼ ン ト




長い会議を終え、政庁で与えられた自室の扉を開けると濃厚な花の香りが鼻についた。部屋の中央で、ブラウスの袖をまくったセシルが大きな蘭の鉢を手に振り返る。
「あら、おかえりなさい、スザクくん」
「セシルさん、これは何ですか」
部屋いっぱいの花々や、リボンのかかった大きな荷物にスザクは目を丸くする。セシルが鉢植えを部屋の隅に寄せながら言った。
「あなたの誕生日のお祝いよ、こんなにたくさん届いたの!こんなことなら会議室を一部屋借りればよかったわ」
スザクは入り口の横に置かれていた鷲の剥製に目を留めて、その送付状を裏返す。そこにはブリタニアでは名の知れた企業の社名が大きく書かれていた。隣に置かれた花の寄せ植えを見れば、差し込んであるカードには貴族らしき人物の名前が書いてある。どの名前もまるで面識のないものばかりだ・・・スザクは軽く眉を寄せた。
「セシルさん、すみませんがこれは全部送り返してもらえませんか」
低く絞り出すような声に、大量の送付状を整えていたセシルが顔を上げる。
「こういう形で自分にエリア11での便宜を求められても困るんです。だから個人的に贈答品を受け取るわけにはいきません」
まだ幼く、ハンデを持つナナリーの補佐として、スザクはエリア11の行政に様々な形で関与している。誕生祝いの品々は、そうした特権に対して擦り寄ろうとする大企業や貴族たちの下心に他ならない。セシルは部屋を埋める品々を見渡して軽く息をつくと、すぐに笑顔で頷いた。
「そうね、スザクくんの言う通りだわ。礼状を付けて送り返しておきます」
「すみません、お手数かけます」
「いいのよ、気にしないで。あなたは自分の正しいと思ったことをすればいいの」
律儀に頭を下げるスザクに、やわらかい口調でセシルが言った。
「そうすれば、ちゃんとわかってくれる人だっているわ。ほら、こっちは企業や貴族じゃなくて、あなたのファンからのプレゼントみたいよ」
サイドテーブルの上に、わずかではあるがカードや小さな贈り物が置いてある。
「女の子だったかしら・・・手作りのお菓子を送ってくれた子もいたんだけど、身元がはっきり確認出来ない物はこちらで処分させてもらったわ。ごめんなさいね」
申し訳なさそうなセシルに、スザクは無言で首を振った。
重要人物が集う政庁では、中に運ばれる物品は全てが厳しいチェックを受ける。ルートが特定できず、贈り主の身元が確かでない贈答品に関しては、手を付けずに処分するのが決まりだった。特に食物に関しては毒物が混入されている可能性がある。スザクはイレブン出身にして総督補佐であり、その立場からブリタニアとエリア11の双方から恨みを買うことも多い――――用心するのは当然のことであった。
「あっ、でもね!代わりにステキなプレゼントがあるの」
セシルが部屋に備え付けの冷蔵庫を開けて、中から青いリボンのかかった箱を取り出す。
「これ、学校のお友達がわざわざ政庁まで届けてくれたのよ!ええと、ランペルージくん、だったわね」
「・・・ルルーシュが?」
「大人しそうな感じの子よ。生徒会の後輩だと言っていたけど。とても礼儀正しい子だったわ」
おそらくロロの事だろう。スザクは箱を受け取って、リボンに挟まれていたカードを手に取った。二つ折りのカードを開けると、色とりどりのペンで縁取られた『Happy Birthday』の文字が目に飛び込んでくる。スザクの口元に自然と笑みが浮かんだ。



お誕生日おめでとう!
たまには学校にも顔を出すこと。会長命令よ!
ミレイ

学校に戻ってきたら、みんなで誕生パーティしようね☆
シャーリー

俺ももうすぐ18才だぜ〜
今度一緒にオトナのハナシで盛り上がろうな!
リヴァル

おしごと頑張ってくださいね
ロロ



カードには生徒会メンバーの一人ひとりから温かなメッセージが寄せられている。しかし、そこにスザクのよく知る人物からのメッセージは記されていなかった。カードを裏返せば、そこには弾むような文字で追伸が書かれている。おそらくはミレイが書いたものだろう。スザクはしばらくの間、そのメッセージをじっと眺めていた。


P.S. ルルーシュのやつ、照れてるみたいでメッセージ書こうとしないの。でも、プレゼントのケーキはあいつが焼いたのよ!すっごく美味しいから食べてね


「・・・セシルさん、」
「なあに?」
「これも処分してください」
「えっ!?」
スザクが差し出した箱に、セシルが思わず声を上げる。
「でもこれ、学校のお友達が作ってくれたんじゃ・・・」
「これも保証されたものではありませんから。規則は規則ですし、みんなの気持ちだけ頂きます」
「そう・・・わかったわ。でも、お礼の電話ぐらいはしておきなさいね」
残念そうな面持ちで、セシルが箱を受け取る。スザクはセシルの目を見ないまま、小さく頷いた。
「じゃあ私、返送の手続きを取ってくるわ。これ・・・本当にいいのね?」
「はい、お願いします」
ケーキの入った箱を手にセシルが部屋を後にする。セシルが出て行った後も、スザクは寄せ書きのカードを手に、部屋を占める贈答品の山をぼんやりと眺めていた。
「・・・信用できるわけ、ないじゃないか。あいつが作った物なんて」
吐き出した独り言が広い室内にむなしく響く。もしルルーシュの記憶が戻っていたとしたら、身柄を売り渡し、記憶とナナリーを奪った自分をどんなに恨んでいるだろう。機密情報局のロロだって、既にギアスによって操られているかもしれない。そう思うと彼の作ったケーキなど、とても口にする気にはなれなかった。

一年の時を経て復活したゼロ――――バベルタワーでの鮮やかな手口を見て、スザクはすぐにルルーシュの事を思い起こした。ブラックリベリオン以来、機密情報局によって彼の生活は全て監視されていた。もちろん、特に報告は上がっていない。しかし、その『異常なし』という報告すら怪しいとスザクは考えていた。なぜならルルーシュは誰よりも賢く、人を惑わすほど美しく、そして恐ろしいほどに狡猾なのだ。以前同様、どんな嘘やまやかしで周囲を騙しているかわからない。
ゼロ討伐の勅命が下るとすぐにスザクは学園へと舞い戻り、1年ぶりにルルーシュと再会した。柔和な笑みを浮かべてスザクに話しかけるルルーシュは、とてもユーフェミアを殺した冷酷なゼロと同一人物とは思えなかった。相変わらず、機情からの報告にも全く問題はない。それでもまだ、スザクにはルルーシュが信じられなかった。復活したゼロはルルーシュに違いない・・・証拠は何一つなかったが、なぜかスザクはそう確信していた。

寄せ書きのカードを手の中でもてあそんでいると、スザクのポケットで携帯電話が震えた。取り出してみれば、画面に『ルルーシュ・ランペルージ』の文字が表示されている。滅多に電話など掛けてこない彼が、一体何の用だというのだろう。表情を引き締めて、スザクは携帯の通話ボタンを押した。
「はい、もしもし・・・」
『いよう、スザクか!俺だよ俺、リヴァルだけど!』
受話器から底抜けに明るい声が響いてきた。
「リヴァル?どうしたの一体」
『どうしたもこうしたも、おまえ今日誕生日だろ?あれ届いた?プレゼント』
「ああ、うん。さっき受け取ったよ」
『じゃあ、もう食った?あのケーキ!』
「いや・・・まだ食べてないんだけど」
スザクは床の一点を見つめて低く答える。沈んだ調子に気づかず、リヴァルが楽しげに続けた。
『あのケーキ美味いんだぞ〜、なんたってあのルルーシュが3回も試作して作ったケーキなんだぜ!?』
「・・・ルルーシュが?」
『そうそう、気合入れまくりだろ!実は俺たちも試食させてもらったんだけど、売ってるヤツより断然美味いって。だから早く食えよ』
「ああ、うん。そうだね」
スザクがぼそぼそと答えると、受話器の向こうがにわかに騒がしくなった。なにやってるんだ、という声が遠くから聞こえてくる。
「どうしたの、リヴァル」
『ああ、あいつさ、カードにメッセージ書いてなかっただろ?なんかさ、直接言うからいい、なんて言っちゃって・・・でもおまえ忙しいし、なかなか会えそうにないからさ、代わりに俺が電話してやったってわけ。今ルルーシュに変わるから・・・んじゃ誕生日おめでとーな!』
『リヴァルおまえっ、人の携帯を勝手に・・・っ』
「もしもし、ルルーシュ?」
『あっ・・・スザク・・・か?』
ガタガタという雑音に続いて、少し戸惑ったような声が携帯から聞こえてくる。実際に会ったのはそんなに昔ではないというのに、スザクにはその声がとても懐かしく思えた。
『ごめん、リヴァルのやつが早く電話しろってうるさくて・・・おまえ今、仕事中だろう?』
「いや、今は大丈夫。あのさ、プレゼントの事なんだけど」
『あっ・・・あれはその、みんなが俺に作れって言うから・・・まあおまえの好みは大体わかっている事だし・・・だから、前におまえが好きだって言ってたナッツのパウンドケーキを焼いてみたんだけど・・・』
照れているのか、ルルーシュの早口はだんだんと尻すぼみになる。ふと思いついて、スザクは宙を見据えたまま薄く目を細めた。
「・・・僕の好み、覚えていてくれたんだね。嬉しいよ。ナッツのケーキって、昔クラブハウスへ遊びに行った時、ご馳走になったケーキだったよね?あの時は確かアーサーが飛び込んできて、僕のケーキをくわえて逃げ出したんだっけ」
『そうそう、それで大騒ぎになったんだよな。結局ロロが自分のケーキをわけて、おまえと半分ずつ食べて・・・』
屈託なく笑いながら、ルルーシュが偽りの弟の名を口にする。携帯を片手に、スザクは軽く唇を噛んだ。クラブハウスでお茶会をした時、本当にケーキを分け合って食べたのはナナリーだ。過去の話を振って動揺を誘おうと思ったが、ルルーシュの方はまるで気にした様子もない。ルルーシュは本当に記憶を失ったままなのか、それとも電話の向こうで悪魔のような微笑みを浮かべているのか――――

『どうした、スザク。急に黙って、大丈夫か』
「・・・なんでもないよ。君こそ、授業の方は大丈夫なの」
『ああ今、ちょうど予鈴が鳴ったところだ・・・あのさ、スザク』
微かな鐘の音を背景に、ルルーシュが改まって呼び掛けた。スザクは怪訝そうに眉を寄せる。
「・・・なに?」
『誕生日、おめでとう』
携帯から聞こえてきた言葉に、スザクは目を瞠った。疑いを向けている彼から、こんな風に祝いの言葉を送られるなんて思いもしなかったのだ。黙り込むスザクを余所に、本当は会って伝えたかったんだけど、と言ってルルーシュが小さく笑う。
『今はおまえも色々あると思うけど・・・全部終わったら、また学園に戻ってこいよ。今度は屋上で花火を上げよう、みんなで一緒に』
電話の声に耳を澄ませて、スザクはそっと瞳を閉じた。瞼の裏に、手をつないで歩いた幼い日々が鮮やかに蘇る。昔からまるで変わらないな、とスザクは思った。ルルーシュの声はいつも力強くて、どこか優しい。その言葉に自分は今までどれだけ勇気付けられてきたことだろう。スザクは俯いて、少しだけ微笑んだ。
「・・・うん、そうだね。落ち着いたら、また」
『待ってるからな。生徒会のみんなも』
「うん・・・ねえ、ルルーシュ」
『なんだ?』
「・・・いや、やっぱり何でもない」
『そうか?じゃあそろそろ授業が始まるから切るぞ。またな、スザク』
「うん、またね」
ぷつり、と通話が切れて部屋は再び静寂に包まれる。携帯を切ってメッセージカードを手に取ると、スザクは何かを考え込むように目を閉じた。
(どうして)
(どうして、僕は)
弾かれたようにスザクは顔を上げた。丁寧にカードをたたんで胸ポケットへ入れると、部屋を飛び出してキャメロットの研究室へと向かう。早足で廊下の角を曲がった時、ちょうどこちらへ向かうセシルと鉢合わせた。
「あら、スザクくん。そんなに急いでどうしたの?」
「すみません、セシルさん。さっき捨てていただいた箱なんですが、どこのゴミ箱に・・・」
「あっ!あれならさっき丁度ゴミ収集係の人とすれ違ったから、その人に渡しちゃったわ・・・ごめんなさいっ!」
「いえ、いいんです!自分がお願いした事ですから・・・こちらこそすみませんでした。あの、急ぐので失礼します!」
慌てて詫びるセシルに、スザクは身を翻しながら手を振った。政庁は建物の最下層にゴミ処理施設を備えている。たった今回収されたばかりであれば、まだ間に合うかもしれない。エレベータを待つ時間すらもどかしく、スザクは非常階段を一気に駆け下りた。
(昔と変わらないだなんて、そんなこと)
(記憶を奪った僕が、何を今更)

息を弾ませてゴミ処理施設へ足を踏み入れると、全体がムッとした特有の臭気に包まれていた。思い切り息を吸い込んでしまったスザクは、軽くむせ返りつつ周囲を見渡す。広々としたフロアでは、多くの人々が巨大な焼却炉へとゴミを運んでいた。そのほとんどが名誉ブリタニア人のようで、飛び込んできたスザクを気に留めることなく黙々と作業をこなしている。
プレゼントの小箱を探してスザクが奥へ進むと、積まれたビニール袋に見覚えのある青いリボンが垣間見えた。確かめようと足を止めた瞬間、作業員の手がビニール袋に伸びる。スザクは思わず大きな声を上げた。
「それ、待ってくれ!」
しかし作業員はその声に気付かず、そのままビニールの端を持って炉の投入口で逆さに振り上げた。中に詰められたゴミが巨大な焼却炉の中へと次々に転がり落ちていく。
「すいませんっ!」
スザクは一足飛びで焼却口に走り寄ると、男を押しのけて小箱に思い切り手を伸ばした。間一髪、その指先に結ばれたリボンの端が届く。しかしホッとしたのも束の間・・・引き上げようと腕を引いた瞬間、箱の重みで青いリボンがするりとほどけた。
「ああ・・・っ」
薄水色の化粧箱は、中身のケーキと共にゴミの山へ転がり落ちていく。白のジャケットが汚れるのも構わず、スザクは身を乗り出して巨大な焼却炉の中を覗き込んだ。炉の底はかなり深く、落ちた小箱を拾い上げることはそう簡単に出来そうにない。
「おい貴様ッ、何をしている!」
諦めきれず、炉の中を覗き込んでいるスザクの後ろで怒号が上がった。身体を起こして振り向くと、ゴミ処理施設の監督官らしき男が近付いてくる。怒り満面だった男は、ナイトオブラウンズの制服を見た瞬間、血相を変えた。
「こ、これはナイトオブセブン・枢木卿ではございませんか!このような下賤な場所に何の御用でいらっしゃいましょう?」
あからさまに対応を変えて、ブリタニアの監督官が卑しい笑みを浮かべる。ナイトオブセブンの名に作業員たちの間から小さくざわめきが起こった。擦り寄ってくる監督官から目を逸らして、スザクが低く答える。
「いや・・・手違いでゴミに紛れてしまったものがあったので、」
「なんですと!?それはいけませんな・・・おい、おまえら!」
「は、はい!」
「今すぐ炉に降りて、枢木卿が落とされた物を拾ってこい」
スザクに対して恩を売ろうとでも思ったのだろうか、監督官は作業員に向かって居丈高に命令した。集まった作業員たちが困ったように顔を見合わせる。
「ですが、焼却炉の中に降りるのは非常に危険な作業でして・・・」
「うるさい!ナンバーズ風情が何を言っている、いいから拾ってこないか!でないと、貴様ら・・・」
「やめてくれ、その必要はない」
監督官の言葉を遮って、スザクがきっぱりと言った。
「しかし枢木卿、何か大事な物だったのではありませんか?」
「・・・いや、つまらない物だ。気にしないでくれ」
邪魔をしたことを詫びると、スザクは作業員たちに軽く頭を下げて処理施設を後にした。
(そう、何も変わるわけがないんだ)
(だってルルーシュは、ゼロなんだから)

作業用のエレベータに乗って、スザクは屋内にある人工庭園へ出た。高級官僚の憩いのために作られた庭園には、自然と見まごうばかりの豊かな風景が広がっている。
「俺はどうしたらいいんだろう」
芝生に腰を下ろして、スザクはぼんやりと庭園の風景を眺めた。復活したゼロはルルーシュであると、自分の勘が告げている――――証拠など何もないが、それはスザクにとってほとんど確信に近いものだ。では電話での彼はどうだろう。誕生祝いの言葉すら、記憶が戻ったことを誤魔化すための嘘なのだろうか。
「・・・違う、あれは嘘じゃない」
自分自身に言い聞かせるように、スザクは口に出して呟いた。ルルーシュをゼロだと確信しているのと同様、その根拠は何処にもない。だが、なぜかスザクにはそう思えた。
(だって、やっぱり信じたいんだ)
(もう一度だけ、ルルーシュのことを)
「そういえば・・・プレゼントのお礼、言ってなかったな」
手の中のリボンを改めてみると、それは青地に金の縁取りがされた、綺麗なサテンのリボンだった。スザクのマントと同じ色合いなのは恐らく偶然ではないだろう。何かと細やかな彼のことだ、わざわざこの色を選んで包んでくれたに違いない。
(ゼロは卑怯で、最低で、大嫌いだけど、)
(それでもやっぱり、ルルーシュは大切な友達だから)
「ごめんね、ルルーシュ。ごめんね、みんな・・・ケーキ、食べられなかった」
ふと傍らを見れば、小さな花が芝生に芽生えていた。花壇に植えられた花の種が飛んだのだろうか・・・作り物の庭園の中で生まれた小さな自然に、スザクは優しく目を細めた。
「プレゼント、ありがとう。本当は、すごく嬉しかった」
指先でそっと花に触れると、電話で伝えられなかった言葉が素直に口をついて出る。嘘だらけの世界の中にも、失われない真実は必ずあるのだ――――せめて今だけは、そう信じたいとスザクは思った。自分と友人を結ぶ、ただ一筋のリボンを強く握り締めながら。



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