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My beautiful days
Peace
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ターン、ターン
響いた銃声にユーフェミアの体がびくりと跳ねた。
スザクがゆっくりと的に定めた銃口を下ろす。
据えられた射撃用の標的にはほぼ中心に並んで二つの穴が空いていた。
「・・・ユフィ、大丈夫?」
「え、ええ・・・これをしていても結構音が響くものなのね」
心配そうに振り向いたスザクに、ユーフェミアがイヤープロテクターを両手で押さえてみせる。
「そうだね、でもすぐに慣れるよ」
柔らかな微笑みを浮かべて、スザクが小振りの拳銃を差し出した。
ユーフェミアは銃を受け取ると、スザクに気付かれないようにそっと眉をひそめる。
鈍く光る拳銃は手に取ればずしりと重い。
「じゃあ、実際にやってみようか」
促されるままに、少女は射撃の所定位置に進み出た。
スザクが隣について丁寧に説明をはじめる。
「まずは的に向かって構えてごらん。片足を少し引いて、軽く腰を落とす感じで・・・」
「・・・ねえスザク・・・この訓練・・・どうしてもやらなくてはいけないのかしら・・・」
手に持った拳銃に目を落として、不安そうにユーフェミアが呟いた。
スザクが困ったように首を傾げる。
「うーん、射撃訓練はブリタニアの皇族典範に盛り込まれているものだからね」
「ええ・・・それはわかっているんだけど・・・」
――――民衆の上に立つ者はその規範となるべく、心身共に優れた者であるべし。
それが絶対王政である神聖ブリタニア帝国の君主論である。
統治者は高い能力が求められ、教養だけでなく、武器の扱いや体術、ナイトメアの操作なども身につけねばならない。
皇位継承権を持つユーフェミアも幼い頃から厳しい教育を施されており、十分に理解している事なのだが・・・
「ごめんなさい・・・でも、銃はなんだか怖くて・・・」
見た目とは裏腹に剛胆で、いつもならどんな教練でも果敢に挑戦するのだが、今回だけはなぜか様子が異なる。
俯いて口ごもるユーフェミアに、スザクは宥めるようにその肩を軽く叩いた。
「始めはちょっと怖いかもしれないけど、銃は正しく扱えば安全なものだよ。それに、いざという時に身を守る武器だからね・・・きちんと扱い方を覚えておかないと」
「・・・身を守るって、それは相手を傷つける事になるんでしょう?」
「ユフィ?」
「この小さな引き金を引くだけで・・・人を殺す事が出来るなんて・・・」
ユーフェミアは身震いして拳銃を持った手をさすった。
その様子を穏やかに見つめながらスザクが腰に下げたホルスターから自らの銃を手に取る。
スザクの銃はユーフェミアが手にした物よりも一回り大きい。
「そうだね、銃は簡単に人を殺す事が出来る・・・僕だってすごく怖いよ」
でも、といってスザクは手の中の拳銃を見詰めながら翠色の目を薄く細めた。
「本当に大事な人を守るためなら、僕はためらわないでこの引き金を引くつもりだよ・・・たとえ誰かを傷つけても」
「スザク・・・」
強い意志を秘めた瞳を見遣って、ユーフェミアも何かを決心したかのように頷く。
「そうね・・・わがまま言ってごめんなさい、続けましょう」
いつもの笑顔にスザクがほっとしたように微笑んだ。
ユーフェミアは的に向き直ると、正面に佇む人型に向かって両手で拳銃を構える。
(人に頼らないで、私だって自分でちゃんと・・・戦わなくちゃ・・・)
そう心で唱えつつも、的の中心に銃口を定めるユーフェミアの手は小さく震え始めた。
(・・・これは練習なのよ、大丈夫)
自らに言い聞かせる声とは裏腹に、手の震えは止まらない。銃を撃つのはこれが初めての体験だ。それなのにこの奇妙な感覚は何だろう――――
『・・・ニホンジンノ・・・サン・・・』
スザクがラジオのスイッチでも入れたのか、正面の的を見据えるユーフェミアの耳にノイズ混じりの掠れた声が聞こえてきた。
なかなか定まらない銃口に焦りを感じながら、ユーフェミアは必死に正面の的に集中する。
(まっすぐ構えて引き金を引くだけよ、簡単じゃない)
しかし、手の震えは止まらないどころか、ますますひどくなる。
不甲斐ない自分を叱咤して、ユーフェミアは引き金にかけた細い指に力をこめた。
『・・・ンデ・・・タダケマセンカ・・・』
きれぎれに届くラジオの声は、ノイズが酷くて何を言っているのか、よく聞き取れない。
(怖くないわ、大事な人を守るためなら、私も・・・)
震える手をそのままに、ユーフェミアは唇を噛み締めた。
引き金を引く、たったそれだけの事だというのに何故か指が動かない。
そのとき耳障りだったラジオのノイズがふっと消えた。
好機、とばかりにユーフェミアは目を見開く。
(・・・今だわ!)
思い切って引き金を引こうとした瞬間、ラジオからはっきりとした声が聞こえた。
『ギャクサツ、デス』
「ひっ・・・い・・・やああ・・・っ・・・!」
明るく楽しげな少女の声が、突然ユーフェミアを打ちのめした。
涙がにじみ、喉の奥から細く悲鳴が漏れる。
意図せず、自分の口から漏れた悲鳴にユーフェミア自身が一番驚愕した。
ラジオから流れたのは何かのセリフのようだった。映画の過激な宣伝かもしれない。
しかし、なぜかその言葉には身の凍るほどの恐怖があった。
自分でも訳がわからぬまま、ユーフェミアはその言葉に捕らわれ、激しく全身を震わせた。
「いやよ・・・わ、わたし・・・誰も・・・傷つけたくない・・・」
心臓の音が高鳴り、呼吸が浅くなった。
恐怖を感じて拳銃を下ろそうとするが、意思に反して腕は動かない。
それどころか引き金にかかった指にゆっくりと力がこめられていく。
「ああ・・・私、撃ちたくない・・・!」
誰かに懇願するかのようにユーフェミアが呟いた時、射撃場に鋭く制止の声が響いた。
「ユーフェミア!やめろっ、撃つな!」
弾かれたように身を震わせて、ユーフェミアが動きを止める。
次の瞬間、横から伸びたしなやかな手が拳銃を素早く掴んだ。
「・・・る、ルルーシュ・・・カレン・・・」
「どうしたんだユフィ、しっかりしろ!」
「ちょっとユフィ、大丈夫!?」
走り寄るルルーシュをに安堵の表情を浮かべて、ユーフェミアが涙を浮かべながらただ頷く。
カレンが固まった指から、ゆっくりと銃を取り上げて台の上に置いた。
ルルーシュは眦を吊り上げ、スザクの方へと向き直る。
「遅れて来てみれば・・・一体何があった、スザク!おまえがついていながら!」
「ご、ゴメン、僕も何がなんだか・・・」
スザクは苦しそうな表情で額に手を当て、何かを振り払うかのように頭を左右に振った。
「ち、違うの・・・スザクのせいじゃないわ!」
ユーフェミアがスザクを庇うように、慌ててルルーシュとの間に割って入る。
「ラジオの声が聞こえたら、私、突然なんだかわからなくなって・・・」
「・・・ラジオ?」
懸命に話すユーフェミアに、うなだれていたスザクが微かに顔を上げた。
「ラジオなんてここにはないけど・・・」
「え・・・でも、さっき・・・」
「射撃練習場にラジオなんてあるわけないじゃない!どうしちゃったのよ、全く!」
カレンが手を腰に当てて怒ったようにユーフェミアの顔を覗き込む。
ルルーシュがため息をついて、少女の長くしなやかな髪をいたわるように撫でた。
「もういい・・・訓練は終わりだ」
「ま、待って!わ、私、もう一度やってみる・・・!」
必死な面持ちでユーフェミアが食い下がる。
「銃は怖いけど・・・でも何かあった時・・・私も大事な人達を守りたいの、私も一緒に戦いたいの!」
「もう・・・ユフィの馬鹿っ!」
傍らに立っていたカレンがユーフェミアの両肩をつかんで力任せに自分の方へ引き寄せた。
「ユフィ、あたしが何の為にいると思ってるの!?あたしは・・・あんたが選んだ騎士でしょう!?」
「カレン・・・」
緑碧色の瞳が正面から怯えた少女を真っ直ぐに射抜く。
「あの日誓ったわね、ユフィ。あたしは騎士になって、あんたの盾となり、剣となるって・・・!」
「・・・でも私も・・・私だって・・・」
カレンの真摯な眼差しに、ユーフェミアの瞳が揺れる。
青ざめたままの顔を正面から見据えて、優しく言い聞かせるようにカレンが口を開いた。
「あんたにはあんたの戦い方がある・・・だから、無理しなくていいのよ」
「わたしの、戦い方・・・?」
大きく目を見開いてユーフェミアが呟く。カレンが力強く頷いた。
「そう、私たちには出来ないやり方で」
「私の、やり方・・・・・・そう・・・そうよね・・・」
やっと笑顔を取り戻して、ユーフェミアがカレンにぎこちなく微笑む。
落ち着きを取り戻した様子に軽く安堵の吐息を漏らし、ルルーシュが肩をすくめた。
「まあ有事になったとしても、俺たちが銃を持って戦うようになったら終わりだからな」
「そうよ、だから危ない時はあんた達二人は後ろにすっこんでなさい!」
振り向きざまにカレンが吼える。ルルーシュがむっとした表情でカレンを睨み付けた。
「カレン、女の子がそんな恐ろしい口の利き方しちゃダメだよ」
何かとルルーシュに噛み付くカレンを、スザクが苦笑しながら宥める。
「もしそんな事になっても、君たちに武器を持たせるまでもないよ・・・僕が敵を全部殲滅しちゃうからね」
「・・・あんたの物言いの方がよっぽど恐ろしいわよ」
笑顔で首を傾げるスザクに、カレンが半眼で呟いた。
そんな二人の様子に小さく吹き出すと、ユーフェミアはそっと俯いて両手を胸の前で組む。
「私の戦いは銃を持つ事じゃなくて・・・銃なんていらない、みんなが笑って暮らせる争い事のない世界を作る事だわ・・・」
少女の独白に、傍らに立つルルーシュが表情を緩める。
半分だけ血の繋がった兄弟を見上げて、ユーフェミアが問い掛けた。
「ねえ、ルルーシュ」
「なんだ?」
「優しい世界を作るために・・・私と、一緒にやってくれる?」
フン、と鼻で笑ってルルーシュが偉ぶった態度で腕を組む。
「当たり前だ・・・このブリタニアはいずれ俺の物になるんだからな」
「ありがとう、ルルーシュ!」
温かな言葉の響きにユーフェミアが破顔する。火が灯ったように胸の奥が温かくなった。
二人を見守る騎士達も穏やかな笑みを浮かべる。
ユーフェミアは息をつくと、くるりと振り返ってテーブルに置かれた拳銃に手を伸ばした。
「ちょっと・・・ユフィ、あんた!」
「大丈夫!無理してるわけじゃないの、本当に」
先程までとは違う、確かな返答にカレンが留めようと伸ばした手を止める。
ユーフェミアはイヤープロテクターを付け直すと、再び的に向かってゆっくりと拳銃を構えた。
「・・・もう怖くないわ、だってみんなが私の側にいてくれるもの」
――――あの恐ろしい声がまた聞こえても私を呼び戻してくれる人たちが、ここにいる。
少女は正面に据えられた黒い的の中心に意識を集中した。銃を構えた腕は震えていない。
みんなが笑って暮らせる争いごとのない世界・・・ただの理想だ、絵空事だと笑われそうな話も、ここにいる仲間とならばきっと実現できる。
ユーフェミアは目を細めると、指に力をこめて引き金を引いた。
ターン
射撃場に銃声が響く。
的の真ん中に小さな風穴が空き、周囲に控えていた3人が小さく感嘆の声を上げた。
スザクが無邪気に手を叩いてユーフェミアを褒め称える。
「すごいすごい!ルルーシュよりもよっぽど筋がいいよ、ユフィは」
「スザク・・・おまえな・・・っ!」
コンクリートに覆われた冷たい射撃場に明るい笑い声が満ちた。
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07-12-02/thorn
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