My beautiful days
Friends




アッシュフォード学園の学内掲示板に張り出された紙を見上げて、ユフィは人知れずため息をついた。
(・・・・・・成績、だいぶ下がっちゃった・・・)
張り出されているのは、先日行われたテストの学年順位である。
ユフィはぎりぎり100位内に滑り込んでいた。
全体で言えば真ん中程度の成績であったが、今まではそれなりの順位を保っていたのでショックは大きかった。
(最近、地方の式典が多くて学校に来られなかったから・・・)
実務に多忙な兄姉の助けになればと、ユフィは積極的に皇族の出席が要請される式に出席した。
一見簡単そうに見えるその公務も、地方への移動やスピーチの準備、関係者との打ち合わせやパーティーでの対応など気遣いが多く、そう楽なものではなかった。
(でもそんな事、理由にならないわ・・・)
現にルルーシュなど、クロヴィスの補佐として公務をこなしながら上位の成績を保っているのだ。
今回の事は自分の甘さに他ならない。
ユフィが唇を噛み締めた時、悪意を含んだ囁きが耳に飛び込んできた。
「見ろよ、あれ。ユーフェミア様の・・・」
「ああ本当だ。今回は随分だな」
「他の皇族の方々は常にトップの成績でいらっしゃったのに」
「パーティーばかり出席して、遊び回ってるからだろ」
「いいねえ、皇女様っていうのは」
馬鹿にしたような笑い声を聞きながら、ユフィはそっとスカートの裾を握りしめる。
(あれは『仕事』だし・・・本当は私だってパーティーなんか好きじゃないのに・・・)
目頭の奥がじわりと熱くなる。その時、肩を叩く手があった。
「ユフィ、大丈夫?」
「スザク・・・」
「さ、行こう」
スザクは明るく笑ってみせると、ユフィを促して掲示板に背を向ける。
「気にしない方がいいよ、あんな奴らの言う事なんて」
「ええ、そうよね・・・」
言葉とは裏腹に表情の晴れないユフィを覗き込んで、スザクは優しく微笑んだ。
「今回はたまたま調子が悪かっただけなんだから落ち込む事はないよ。それによく言うだろ、『人を馬鹿にする奴が一番の馬鹿なんだ』って」
「・・・じゃあルルーシュは?」
「あれは馬鹿にするって言うより、カッコつけてるだけ」
「まあ!」
思わず声をあげたユフィは、スザクを見て眩しそうに目を細めた。
「いいなあ・・・スザクとルルーシュがうらやましい・・・」
「・・・え?」
「自分の事をちゃんと見ていてくれる人がいるじゃない?」
驚いたように目を見開くスザクに、ユフィは淋しげに笑ってみせた。
「いつもみんなが見てるのは私じゃなくて『皇女殿下』・・・もちろん期待に応えなくちゃいけないとは思うけど・・・でも・・・」
俯いたユフィを励ますように、スザクは明るく笑いかける。
「大丈夫だよ、ユフィ。ルルーシュも僕もいる。それにちゃんと君の事を分かってくれる人だって・・・」
その時、掲示板の近くに集まっていた生徒達が大きくざわめいた。
ユフィとスザクも騒ぎの起きた方を振り向く。
「もう一度言ってみなさいよ・・・女だから何ですって?」
静かな怒気をはらんだ女生徒の声が辺りに響いた。
「少なくともあの皇女様は親の金で遊び回ってるあんた達よりも世の中の役に立ってるわよ」
集まった生徒たちの間から燃えるように鮮やかな紅蓮の髪がのぞいている。
「自分達なんか名前さえ載ってないじゃない!人の事をとやかく言う暇があったら勉強でもしたら?」
少女が周りを睨みつけると、ばつが悪そうに生徒たちが散り散りになった。
「カレン・紅月・シュタットフェルト・・・シュタットフェルト家の次期当主だ」
「ルルーシュ!」
スザクの隣から淡々と解説めいた言葉を口にしながらルルーシュが現れた。
「まあ、名門貴族のお嬢様のわりに骨のある女だな」
「あ・・・あの・・・」
ユフィはつまらなそうな顔で掲示板を見上げる少女におずおずと呼び掛けた。
「なんだ・・・あなた、いたの」
「あの、さっきの・・・ありがとう・・・」
「勘違いしないでほしいんだけど。私は『皇女様』に媚を売るつもりであんな事言ったわけじゃないわ」
カレンは厳しい表情で振り返り、意志の強そうな瞳でユフィをまっすぐに見つめた。
「うちは兄貴が早くに死んだから、一応私が次期当主なんだけど・・・女だからっていちいちうるさい奴が多くてね」
我慢できなかったの、と言ってカレンは肩をすくめる。
気押されて俯くユフィに、瞳の険を和らげてカレンが続けた。
「それに・・・この間の養護施設の落成式、出席してくれたでしょ」
「え、ええ・・・」
「あれ、実はうちの系列企業がスポンサーやってるの。私もちょっとだけ顔出したのよ」
その養護施設の落成式は、当初担当官が公務のリストから外したものだった。
だが、ユフィは試験前の貴重な一日を犠牲にして出席し、その役目を果たした。
それは有力貴族の列席もなく、外部からの宣伝取材もないから出席は必要ない、との判断に対するユフィの密かな反発だった。
「あなたのスピーチ、とても良かった。それに式の後、子供達と一緒に遊んでくれたでしょう?」
カレンはユフィを見つめる深い紺碧色の瞳をふと細める。
「みんなすごく喜んでいたわ。『お姫様に遊んでもらった』って・・・」
式典は主だった列席者もなく、小さな施設だったが、温かい心づくしの歓迎を受けた。
ユフィは憧れの目で自分を見つめる子供達の生き生きとした笑顔を思い出す。
目を上げると、カレンが優しい微笑みを浮かべていた。
「もっと自分に自信持っていいんじゃないの、ユーフェミア、様?」
「あ・・・あの・・・みんな私の事はユフィって呼ぶわ、だから・・・」
「そうね、同じ学校の生徒なんだし・・・わかったわユフィ。私はカレン・紅月・シュタットフェルトよ。よろしく」
カレンははにかんだように笑うと、すっと前に手を差し出した。
差し出された手を細く白い手でそっと握り返し、ユフィは再び俯く。
「ちょっと・・・馬鹿ね、なんで泣くのよ」
「だって嬉しいんだもの、本当に・・・」
ちらりと目を走らせると、スザクとルルーシュが並んで笑いながらこちらを眺めているのが見えた。
・・・・・・ずっと夢みていた気がする。
透明な涙を目に浮かべながら、ユフィは顔を上げ、初めての友達に向かって晴れやかに微笑んだ。
「よろしく、カレン。私はユフィ・・・ユーフェミア・リ・ブリタニアです」
・・・・・・学校に行って、友達を作って、ルルーシュとスザクと笑い合って、そして普通の毎日がずっと続いていく日々を。
夢のような、本当に、夢のような――――



07-07-08/thorn