My beautiful days
Introduction




季節の花が咲き乱れる庭園に面したテラスで、少女は本日何度目かの深いため息をついた。
花々に負けるとも劣らない鮮やかな赤い髪をかきあげ、苛ついた様子で目の前の人物を睨み付ける。
「だから何度も言ってるでしょ・・・こういう時は、この公式を使うんだって」
「あら、本当!また間違えちゃった」
テーブルを挟んで向かいに腰掛けた少女が愛らしい仕草で首を傾げた。
「ちょっとユフィ・・・あんた、やる気あるの!?」
のんびりとした返答に、赤い髪の少女が手に持った問題用紙をテーブルに勢いよく叩きつける。
ユフィは身を縮ませると、反省の色を見せながら上目遣いで少女の顔を窺った。
「わたくしだって一生懸命やってますわ、カレン」
「一生懸命なだけじゃダメなのよ、ちゃんと点数を取らないと」
期末のテストでは成績が張り出されるんだから、と厳しい表情でカレンが言い放つ。ユフィは長くのばした髪の先を細い指先に巻き付けながら俯いた。
「だって・・・数学はあまり得意じゃないんですもの」
「だからあたしが付きっきりで勉強みてるんでしょ・・・はい、早く次の問題解いて!」
「ねえカレン、少し休憩にしてお茶の時間にしましょうよ。もう二時間もずうっと座りっぱなしなんですし・・・」
「だーめ!これが終わるまで休憩はなしよ」
テーブルの上に積まれた分厚い問題集を手の平で叩いて、カレンが目を吊り上げた。
そのあまりの量にユフィも唇を尖らせ、拗ねたように小さく呟く。
「・・・こんなにいきなり詰め込んだって、ちっとも頭に入ってなんかきませんわ」
「あんたねえ・・・そんな風に甘いこと言ってるから、何やっても『お飾り』なんて言われるのよ」
「まあ・・・!」
宮廷で密かに囁かれる中傷を指摘され、ユフィが目を剥いて椅子から立ち上がる。
「カレン、貴方はわたくしの騎士でしょう!それなのになんです、その言い方!」
「あんたの騎士だから言ってるのよ!ちゃんと公務をこなしてるのに、しょうもない連中に馬鹿にされて悔しくないの!?」
大人しげな外見からは想像できない激しさで声を上げるユフィに、カレンが椅子から立ち上がり、負けじと言い返す。
鳥の囀りが聞こえる青空の下、二人の美少女は机を挟んで睨み合った。

壮絶な争いの現場から少しばかり離れたテーブルで、もう一組の主人と騎士は息を潜めて隣の様子を窺っていた。
「なあスザク、あの二人は放っておいていいのか?」
「じゃあルルーシュ、仲裁してきなよ」
「・・・無理だ。仲裁の成功率は10%といった所だな・・・さらに悪化する方が確率が高い」
「この間の叙任式からは想像できない姿だよね・・・」
ユーフェミア・リ・ブリタニアが騎士、カレン・紅月・シュタットフェルト――――
ブリタニア帝国第三皇女の騎士として、名門シュタットフェルト家の長女が任命されたのは、つい先日の事である。
分け隔てなく人を慈しみ、常に微笑みを絶やさぬ姫君と、誰より勇敢で、強く凛々しい女性騎士の姿は人々の話題を呼んだ。その叙任式は歴代の式の中で最も優美で華やかなものであったとは長老達の言である。
二人の人気は非常に高く、そのほとんどが好意的なものであったが、当然それを妬む者も現れた。
いつの時代でもつまらぬ中傷を口にする人間はいるものだが、心根が優しく素直なユフィはそれを受け流す事が出来ない。
カレンにはそれが我慢できず、何かにつけてはこうした言い争いになるのだった。
「あんな奴らにはね、面と向かってガツンと言ってやればいいのよ、ユフィの馬鹿!」
「いいえ、馬鹿なのはカレンです!」
「なによそれ」
毅然としたユフィの言葉にカレンが一瞬黙り込んだ。
ユフィが腰に手を当てて力強く断言する。
「馬鹿って言う人が一番の馬鹿なんだってスザクが言ってましたもの・・・ねえスザク?」
くるりと振り返ると、ユーフェミアはスザクに向かって花のように笑いかけた。
「あ、いや、えと・・・」
突如降り懸かった火の粉に慌てふためきつつ、スザクはちらりと目の前に腰掛けた自分の主を窺う。
自らの騎士であるスザクに対して、「この馬鹿」が口癖になっていることは、ルルーシュ本人も認める所であった。
もちろんそれは罵倒などではなく、心を許しているからこその軽口である事はお互い了解しているのだが――――
「ほう・・・それは実に興味深い理論だな。ところでスザク、」
ルルーシュはスザクの手元に広げられた数学の問題集を指し示すと、にっこりと微笑む。
「この問題はこっちの式を応用して解くんだと教えたよな?」
「う・・・うん・・・」
「しかもついさっきの事だよな?」
「・・・・・・う・・・」
「こういう時は『馬鹿』って言っていいんだよな、ん?」
「はい・・・」
ルルーシュの目が全く笑っていないのを確認して、スザクはテーブルにへばり付いた。
言い争いを続ける女性陣を横目で見遣って、ルルーシュが嫌みたっぷりの調子で続ける。
「スザク、おまえが二人を仲裁してこいよ。女の機嫌取りは得意だろう?」
「なんだよ、それ・・・どういう意味だよ」
スザクがさすがにムッとした様子で顔を上げた。
「さあ、そのまんまの意味だろ」
あらぬ方向を向いてうそぶくルルーシュを睨むと、スザクはすっと目を細めて意地の悪い笑みを浮かべる。
「・・・ふーん、ひょっとして妬いてるのルルーシュ」
「な・・・っ!だ・れ・が・だ、この馬鹿!」
ポーカーフェイスをかなぐり捨てて身を乗り出すルルーシュに、スザクがしれっとした顔で切り返す。
「馬鹿じゃないよ。体育の成績はルルーシュよりいいだろ」
「だから体力馬鹿だって言うんだ」
「ルルーシュなんか授業中寝てばっかりいるくせに」
「テストの点がいいんだから関係ないだろ」
「それはおかしいよ、こういうのは学習の過程が大事なんじゃないか」
「そうですわ、点数の問題ではありませんもの。取り組む姿勢が大切なんですわ!」
真面目に反論するスザクに、隣のテーブルからユフィが同意した。
「くっ・・・おまえたち・・・!」
体を震わせつつ、ルルーシュが反撃の体制に入る。
四人が入り乱れ、泥沼化しそうな口論の中、割らんばかりの勢いでテーブルを平手で叩くとカレンが叫んだ。
「ちょっとあんた達、ちゃんと勉強する気あるのー!?」





「何をやってるんだ、あいつらは・・・全く騒々しい」
庭園の前を通り掛かったコーネリアが顔を顰め、心底呆れた口調で呟いた。
「期末テストのための勉強会だそうだよ。いいじゃないか、楽しそうで・・・平和な証拠だ」
隣を歩いていたシュナイゼルが笑いをこらえつつ、コーネリアを宥める。
「国政は安定しているし、日本国とのサクラダイト独占供給協定も締結しつつある・・・ブリタニアはますます発展するだろう。天上の父上もお喜びであろうよ」
「兄上・・・いえ、陛下の采配がよろしいせいかと」
「いや、おまえたちの協力があってのことさ」
シュナイゼルはゆっくりと歩を進めながら、傍らを歩く妹を見据えて微笑んだ。
「私の即位時にはコーネリアも軍部の統制や汚職の摘発によく働いてくれた・・・改めて礼を言うよ」
「恐れ入ります」
コーネリアが恐縮したように目を伏せる。
「コーネリア様、」
回廊を進む二人の元に実直そうな男が歩み寄り、洗練された身のこなしで敬礼した。
「失礼いたします・・・姫様、準備が整いました」
「ギルフォードか、ご苦労。今行く」
「・・・ナイトメアかい?」
「はい、今日はマリアンヌ様にご指導いただくのです」
かつて敵国から『ブリタニアの魔女』として恐れられたコーネリアがうっすらと頬を染める。
「そうか。気を付けるんだよ、コーネリア」
「ありがとうございます、兄上。また後ほど」
颯爽とした足取りでコーネリアが背を向け、ギルフォードが一礼してその後を追った。
勇ましい姫君とそれに従う騎士の姿を見送り、シュナイゼルはその場に足を止めて雲一つない青空を見上げる。
遠くから風に乗って少年たちの楽しげな笑い声が聞こえてきた。
「すべて世は事もなし・・・か」
回廊に優しい風が吹き抜け、若き皇帝はアイスブルーの瞳を細める。
背後で気配を増した存在に対し、振り向かぬままシュナイゼルは穏やかに問い掛けた。
「それで、貴女の願いは叶えられましたか?」
「・・・さあ、どうだろうな」
一瞬前までは誰もいなかった場所で、つまらなそうに呟く少女の声がそれに応える。
「だが、悪くないものだ・・・このCの世界も」
緑の髪を風になびかせ、少女は口元に穏やかな笑みを浮かべた。



07-07-02/thorn