箱 庭 の 天 使




色とりどりの花が咲き乱れる優美な庭園の片隅から、少女の泣き声が聞こえてくる。
顔を覆って泣きじゃくる少女の頭にそっと手をやって、彼は静かに問いかけた。
「どうしたんだい、ユフィ」
「おにいさま」
涙で顔をくしゃくしゃにして、少女はシュナイゼルを見上げる。
「蝶々が、」
ユーフェミアの指さす先に、鮮やかな蝶の薄翅がひとひら、地に落ちていた。
目の前の鮮やかな花の陰には、日を受けて鈍く輝く蜘蛛の巣。
蜘蛛は翅を失って逃げる術をなくした蝶をその糸で絡め取っている。
「蝶々が可哀想だったから、わたし」
ユフィは肩を震わせてしゃくりあげた。
「助けてあげたかったの」
幼い指は加減がきかず、蝶の脆い薄翅を千切ってしまったのであろう。
シュナイゼルは柔らかく瞳を細めた。
「ユフィ、おいで」
彼は幼い妹を抱き上げ、指先でそっと流れる涙を拭う。
「おまえは何も悪くないのだよ」
そよ風が二人の周りに甘い花の香りを運ぶ。どこからか小鳥の囀りが響いた。
「おまえはこの蝶を救ってやったのだから」
言葉の意味がわからず兄の顔を見返すユフィに、シュナイゼルは優しく微笑みかける。
この慈悲深い少女は、『抵抗』という意味のない煩悶から小さな魂を解放したのだ。
「さあ行こう、皆おまえを待っているよ」
「ルルーシュとナナリーも?」
「もちろん」
シュナイゼルは傍らに咲く花を摘むと妹の髪に添えた。
涙を湛えた瞳のままユフィが顔をほころばせる。
兄妹はゆっくりと庭園を抜け、霞む彼方へ消えていく。



無垢なるがゆえに残酷な天使。
おまえのその優しさが、いつか私を救うだろう。



隙なく整えられた温室の花々と飼い慣らされた鳥たちの楽園。
神の創りしこの箱庭を灼かんとする罪深き者よ。
我は汝に死をもって安らぎを与えん。



07-03-21/thorn