8月9日 快晴
薄暗く長い旧家の廊下に、少女の甲高い声が響いた。
「ねえ待ってよ、私も行く」
先を行く少年は、少女を無視して廊下を真っ直ぐ歩いていく。
長めの緋袴を引きずりながら後を追う少女は、舌足らずな口調で続けた。
「ねえ待ってったらあ、スザク」
「うるさいな、あっち行けよ神楽耶」
「私も連れてってよ」
「ダメだ」
「なんでよう、私もう『お勤め』終わったんだから!」
少女は子供らしくぷうっと頬をふくらませる。
「なんでもダメ!女なんかと遊べるかよ」
廊下を抜けて縁側に出ると、スザクは腰を下ろして脱ぎ散らかした靴を拾う。
「あのブリキの子の所にいくんでしょ」
「・・・関係ないだろ、おまえには」
「いけないんだあ、おじさまに言いつけちゃうから!」
「うるさいなあ、もう」
スザクは鬱陶しそうに言うと、口うるさい少女を黙らせようと振り返った。
「・・・神楽耶?」
今さっきまでやかましく騒ぎ立てていた神楽耶は、何かに魅入られたように瞬きもせず中空を見つめている。
「おい、どうしたんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・く・・・、クロ・・・い・・・」
少女は口の中で小さく何かを呟いている。
「・・・・・・クロ・・・い・・・・・・くろいおに・・・鬼が・・・くる・・・」
異様な状況にスザクは身動きもできず、神楽耶の口元を見つめる。
黒い、鬼?
スザクが目を遣ると、縁側に続く部屋の戸口に父親が立ち尽くしているのが見えた。
大人の姿にほっとして、スザクは父親に助けを求める。
「父さん、神楽耶が・・・」
「そうか、ついに来るか。奴らが・・・そうか・・・」
スザクの姿が目に入らないかのように、ゲンブは神楽耶を見つめて邪に口元を歪めた。
初めて見る父の表情にスザクは再びその場に固まる。
そのとき、神楽耶の首ががくりと落ち、スザクを見た。
「ねえ、神楽耶も一緒に連れていって!」
「・・・・・・・・・・・」
先ほどまでの様子から一変して、普段と変わらない調子で神楽耶が駄々をこねる。
スザクが父親の方を見ると、ゲンブは部屋を出て廊下の奥へと足早に消えるところだった。
「ねえ、スザクったら!」
「・・・・・・ダメだ!今日は男同士で遊ぶって決めたんだから」
「なによう、もう一緒に遊んであげないわよ!」
「バーカ、こっちだって誰がおまえなんかと遊んでやるかよ!」
異様な空気を振り払うかのように大声を出し、靴に両足を突っ込んでスザクは縁側から飛び降りた。
神楽耶がまだ何か言ってくるのを無視して走り出す。
・・・早くルルーシュの元へ行こう。
今日は一緒に秘密基地を作るって約束したんだ。
――――黒い鬼。
不吉な響きを振り切るように、スザクは脚に力をこめて全力で走った。
神楽耶の言葉は吹き抜ける風と一緒にスザクの中から過ぎ去って行った。
「待ちなさいよう、スザク!」
神楽耶はぷうと頬をふくらませると、スザクが走り去った方向を見つめて目を細める。
拗ねたような表情を崩さぬまま、神楽耶は口を開いた。
「・・・この国を売り渡す、大逆の徒・・・」
それは老人のようであり、それでいて子供のような声であった。
男のようでも、女のようでもあるその声は、あどけない少女の口から蕩々と紡がれていく。
「・・・赦されぬぞゲンブ・・・枢木の血・・・そして貴様もだ、」
続く言葉はなく、神楽耶は幼い唇を笑みの形につり上げた。
次の瞬間、少女は自身の高い声で叫ぶ。
「・・・あーあ、つまんないの!私おなかすいちゃった」
神楽耶は一人歌いながら、おやつを探しに家の奥に位置する炊事場を目指した。
黒い鬼の子やってくる、
白い神の子やってくる、
みんなみんな赤くなる、
ぜんぶぜんぶ灰になる
「もう一緒に遊んであげないんだからね、スザク」
薄暗く長い旧家の廊下に、少女の甲高い声が響いた。
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